アニムスを巡る経緯を知る以前の自分の行いを振り返る。ミオやジュディに対してやましいことなど何一つなかった。仮にミオが本当に家出したのだとしても、自分が彼女を虐げたり苦しめたりしたことなど一度もないし、彼の罪が理由ではないはずだ。
だが、カラス族の彼女にそうした言い訳が通じるだろうか? 彼女もモノスフィアから移住してきたのかな? だとしたら……自分が彼女や、他の移民たち、あるいはニンゲン以外の種族に属するすべての動物たちに罪を犯していないと言えるだろうか? 彼らを苦しめていないと、後ろめたいところなど何もないと言い切れるだろうか? それだけの自信は朋也にはなかった。
「そうだな……。紅玉の封印を俺たちの先祖が解いたことは、こっちに来て初めて教えてもらったけど、知らなかったで済むことだとは思ってないよ。向こうで俺が君たちの仲間や、ほかの動物たちに対して罪がなかったとは言い切れないし。俺がニンゲンであるというだけでも……」
「フン」
彼女は侮蔑を込めて鼻を鳴らした。
「その通りだ。よくわかってるじゃないか。お前たちニンゲンはニンゲンであるというだけで、その社会の一員である、そのシステムに属するというだけで、〝悪〟なのだ。だが、お前はまだその罪の大きさをわかっていない。エデンではすべての生ある者には等価の権利が与えられる。これがどういう意味か解るか?」
……俺に死んで償えっていうつもりかな?
「あんた、いい加減にしニャさいよ!! 票決を採ろうって言いだしたのはあんたのほうでしょーが! まったく、朋也もお人好しニャンだから」
ミャウがイライラしながら口を挟んだ。
「そうだよっ! 約束を破るのはよくないよ?」
ウサギの女の子も加勢する。
カラス族の女は最後に朋也をもう一度一瞥すると、踵を返して店を出ていった。
アライグマのマスターは一連の騒ぎがさすがに神経にこたえたと見え、椅子にどっかと腰を据えると大きくため息を吐いた。
「ふう、やれやれ。うちの店で刃傷沙汰なんて開店以来一度もなかったんだがな。これもモノスフィアの影響かねぇ……」
口にしてから朋也を見やりバツが悪そうに言い訳する。
「ああ、すまなかったね。君にあてつけるつもりじゃなかったんだ。私もさっきは君に味方するほうに1票投じたよ」
「いえ……。こっちこそお店にご迷惑かけてすみませんでした」
マスターに頭を下げてから、ウェイトレスの女の子に微笑みかける。
「さっきは助かったよ。ありがとう」
「ううん。クルルは自分で正しいと思ったことを口にしただけだもん♪」
彼女も大きな前歯を見せて微笑み返した。クルルというのはやっぱり1人称らしい。
「兄ちゃん、頑張りや!」
「彼女と仲良くね♥」
店にいた客たちも口々に朋也に声をかける。口笛まで吹くやつも。まあ、ここは誤解させたまま去ったほうが好都合かもしれない。腕を絡ませて最後まで熱烈カップルを装いつつ2人は店を出た。
ヘンなやつも中にはいるけど、エデンの住人はみないい人たちだな──と朋也は思った。世界を破滅に導きかけた凶悪犯罪者の子孫である自分に、ビスタのひとびとが温かい言葉をかけてくれたのが胸に響いた。彼らは種族の違いを意識しないからこそ、ニンゲンである自分にも寛容になれたのだろう。ニンゲンであることが発覚するのを恐れて変装したりしたのはそれこそ杞憂だったかもしれない。
一方で、カラス族の女性の厳しい問いかけにも考えさせられた。ミャウやクルルはかばってくれたが、今の朋也には彼女の言うことに反論する気にはなれなかった。
「それにしても、どっと疲れたよ……。ミャウは本当に演技派だな。女優になれるんじゃないか?」
エデンにそういう職業があればだけど。
「あんたも年下のうぶニャボーイフレンドって感じがよく出てたわよ?」
朋也を見てニヤリとする。それは演技じゃないと思う……。
「ま、黒い羽の彼女には全然カモフラージュの効き目がなかったみたいだけど……」
「やめてよ、もう。まったく思い出すだけで腹が立つわ、あの鳥の足! あいつの所為で肝腎の情報源も見失っちゃったじゃニャイ。せっかく連中のアジトも突き止められると思ったのに」
そうだった。そもそも千里を救出するのがこの街に足を運んだ目的だったんだ。あの3人のイヌ族はどこへ向かったんだろう? 彼らの後を追えば、いずれは千里の居所をつかんで乗り込むこともできたに違いなかったが……。
朋也は彼らの会話の中から何か手がかりになりそうな単語がなかったか記憶をたどってみた。ユフラファのウサギがどうのって言ってたよな。確か、あのウェイトレスの女の子がそこの出だって言ってたっけ。つまり、ウサギ族の村なんだろうが、そこをあのイヌ族の一党が根城にしているということだろうか?
このままイヌ族3人の行方を追うか、もう一度店に戻ってあの子に事情聴取するか、それともジュディたちといったん合流するか──