アニムスを巡る経緯を知る以前の自分の行いを振り返る。ミオやジュディに対してやましいことなど何一つなかった。仮にミオが本当に家出したのだとしても、自分が彼女を虐げたり苦しめたりしたことなど一度もないし、彼の罪が理由であるはずはなかった。
「ニンゲンに罪がないなんて思っちゃいない。紅玉の封印を俺たちの先祖が解いたことは、こっちに来て初めて教えてもらったけど、知らなかったで済むことじゃないし、俺自身も許せないと思うよ。でも……俺はミオやジュディに罪を働いた覚えはない。嘘だと思うなら、彼女たちに聞いてみてくれ!」
朋也はリルケの視線をまっすぐ受け止めながら、きっぱりと言い切った。
「フン」
彼女は侮蔑を込めて鼻を鳴らした。
「おめでたいやつだ。お前は自分の飼い慣らしたイヌやネコさえ護っていれば、何も罪を犯していないことになるとでも思っているのか? なぜ神獣がゲートを設けなければならなかったか、なぜ多くの避難民がこのエデンに押し寄せるのか、わかっているのか? 言ってみろ!」
……。返す言葉がなかった。後ろめたいことなど何もないという彼の自信はすっかり萎んでしまった。彼女の冷たい視線を捉え続けることに耐えきれず、黙ってうなだれる。
「そういうことだ。お前たちニンゲンはニンゲンであるというだけで、その社会の一員である、そのシステムに属するというだけで、〝悪〟なのだ。だが、お前はまだその罪の大きさをわかっていない。エデンではすべての生ある者には等価の権利が与えられる。これがどういう意味か解るか?」
……俺に死んで償えっていうつもりかな?
「よろしいぃっ! この子の罪は保護者のあたしが一切合財引き受けてやろーじゃないのぉ! さぁ~、煮るなり焼くなり好きにしなさぁ~い!!」
マーヤは再び朋也の肩からテーブルの上に降りると、でんと寝そべって大の字になる。
「どうしたのぉ!? あんたがやらないんなら潔く蜂蜜サワー漬けの刑になってやるわよぉー!」
今度はグラスを頭からかぶって全身ずぶ濡れに……。
「もういい加減にしてよっ! さっき票決を採ろうって言ったじゃん。約束を破るのはよくないよ?」
ウサギの女の子も加勢に回ってくれた。
カラス族の女は最後に朋也をもう一度一瞥すると、踵を返して店を出ていった。
アライグマのマスターは一連の騒ぎがさすがに神経にこたえたと見え、椅子にどっかと腰を据えると大きくため息を吐いた。
「ふう、やれやれ。うちの店で刃傷沙汰なんて開店以来一度もなかったんだがな。これもモノスフィアの影響かねぇ……」
口にしてから朋也を見やりバツが悪そうに言い訳する。
「ああ、すまなかったね。君にあてつけるつもりじゃなかったんだ。私もさっきは君に味方するほうに1票投じたよ」
「いえ……。こっちこそお店にご迷惑かけてすみませんでした」
マスターに頭を下げてから、ウェイトレスの女の子に微笑みかける。
「さっきは助かったよ。ありがとう」
「ううん。クルルは自分で正しいと思ったことを口にしただけだもん♪」
彼女も大きな前歯を見せて微笑み返した。クルルというのはやっぱり1人称らしい。
「兄ちゃん、頑張りや!」
「彼女と仲良くね♥」
店にいた客たちも口々に朋也に声をかける。口笛まで吹くやつも。まあ、ここは誤解させたまま去ったほうが好都合かもしれない。肩に乗せたマーヤに手綱を握らせたまま、朋也は店を後にした。
ヘンなやつも中にはいるけど、エデンの住人はみないい人たちだな──と朋也は思った。世界を破滅に導きかけた凶悪犯罪者の子孫である自分に、ビスタのひとびとが温かい言葉をかけてくれたのが胸に響いた。彼らは種族の違いを意識しないからこそ、ニンゲンである自分にも寛容になれたのだろう。ニンゲンであることが発覚するのを恐れて変装したりしたのはそれこそ杞憂だったかもしれない。
一方で、カラス族の女性の厳しい問いかけにも考えさせられた。マーヤやクルルはかばってくれたが、今の朋也には彼女の言うことに反論する気にはなれなかった。
「それにしても、誰かさんのせいでどっと疲れたよ──?」
さっきからやけに静かだと思ったら、マーヤは朋也の頭に抱きついたままいつのまにか寝息を立てていた。
「……」
だいぶストレスが溜まってたんだろうなあ……。
マーヤが自分たちに何かしら隠し事をしているのは承知していたが、妖精としての立場上、市民に、とりわけニンゲンである朋也には、口外できないことだってあるのだろう。少々羽目を外しすぎた感もあるが、溜まっていたものを思い切り吐き出して、元気を取り戻してくれたのなら、酒場の一件も大目に見てやろう──と朋也は思った。
「ふにゃ……あれぇ、ここ、どこぉ?」
寝惚けまなこをこすりながらつぶやく。起こしちゃったかな?
「大丈夫か? 気分悪くない?」
「う……ちょっと頭痛いかもぉ~」
まあ、あれだけ飲めば二日酔いになっても不思議はないよなあ。結局、彼女は飲み始めてからのことはろくに覚えていなかった。
「いやあ~、あたしとしたことが面目ないぃ~」
「まあいいさ。でも、おかげでだいぶすっきりしたんじゃないか?」
「そうねぇ、なんだか身も心も軽くなった気がするわぁ♪ ところであたし、何か変なこと口走らなかったぁ~?」
「う~ん……誰かのばっきゃろぉ~!とか叫んでたなあ」
「……。あたし、お先真っ暗かもぉ~~(T_T)」
「まあ、俺は聞かなかったことにするから安心しろよ。それより、これからどうしようか? あのイヌ族の連中の後をつければ、千里の居所も突き止められるんじゃないかと思ったんだけど、見失っちゃったしなあ」
確かに、彼らの後をつけていけば、いずれは千里の居所をつかんで乗り込むこともできたろうが……。
朋也は彼らの会話の中から何か手がかりになりそうな単語がなかったか記憶をたどってみた。ユフラファのウサギがどうのって言ってたよな。そういえば、あのウェイトレスの女の子がそこの出だって言ってたっけ。つまり、ウサギ族の村なんだろうが、そこをあのイヌ族の一党が根城にしているということだろうか?
このままイヌ族3人の行方を追うか、もう一度店に戻ってあの子に事情聴取するか、それともミャウたちといったん合流するか──