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フィル: ++

「とんでもない! 最初から指名できるとわかってりゃ、もちろんフィルを呼んでたさ。再会できて嬉しいよ♪ また世話になっちゃうけど、よろしくな?」
「とかいって、また鼻の下伸ばしてる」
 千里がジロリとにらむ。クレメインのときとまったく同じパターンだな。
「ええ、こちらこそよろしく。オルドロイの事件は私の耳にも届いていましたので、朋也さんたちのことがとても気がかりだったのです」
 そこでフィルは改めて千里に向き直った。
「千里さん、本当にご無事で何よりです。私もお手伝いできればよかったのですが……」
「そんな気にしないで。こうしてフィルとまたお話できるのも、あなたが朋也たちをいろいろサポートしてくれたおかげなんですもの。本当はすぐにでもクレメインに挨拶に寄りたかったんだけど……ジュディを助けてくれたお礼も言いたかったし」
「……ところで、そのジュディさんの姿が見えませんが?」
 朋也たちは顔を合わせて目を伏せた。そして、昨日の一連の出来事──千里がカイトとリルケに再び誘拐されそうになり、ジュディが身代わりになったこと、彼女を取り戻すために自分たちがレゴラスに向かっていることなど、一部始終を森の精に語って聞かせた。
「ああ、でも、フィルに無理なことを頼むつもりじゃないんだ。ジュディは俺たちの手で必ず助け出す! だから、心配しないでくれ。それで、これからシエナに行こうとしてるんだけど、エルロンの出口までの案内をお願いできるかな?」
「ええ……わかりました」
 フィルは少し考え込んでいたが、ひとまず了承した。
「では、私の後をついてきてください。こちらです」
 一行はフィルの後に続いて東に向かう道を進み始めた。いざ森の中に入ってみて、朋也たちはあらためてその広さに驚かされた。クレメインが丘陵地帯を覆う森で景色の変化が目についたのに対し、こっちは地勢が平坦でどこまで見渡しても果てしなく同じような木々が続いている。まるで緑一色のミラーハウスに潜り込んだような気分だ。不案内な者が踏み込めば、1時間と経たないうちに道に迷ってしまうだろう。とりわけ、方向感覚や臭覚の鈍いニンゲンにとっては青木ヶ原で自殺状態になりかねない。フィルに付き添ってもらって正解だった。
 エルロンの森は、地形ばかりでなく、構成する木々もクレメインとはだいぶ趣を異にしていた。クレメインは温帯の極相林に近く、日の当たる斜面や道沿いを除いてほとんど老成した幹周りの太い陰樹に占められていた。それに比べると、エルロンは林床の空間にやや余裕があり、樹木の平均年齢が低く若木もあちこちに育っていた。森にもそれぞれ個性的な顔があるとフィルには教わったけど、例えて言うなら、クレメインが気難し屋の老人の森なら、エルロンは働き盛りの壮年期の森というところか。なんていうとフィルには悪いけど……。エルロンの樹の精はどんな姿なのか、やっぱり一目くらいは会っておきたかった。
 エルロンを通る道も、クレメインと同程度にプラクティスされていた。ミオによれば、中央の高地を越えて大陸の西と東を結ぶ要路は、クレメインよりさらに南の山間部を抜ける道と、オルドロイをぐるっと北側に迂回する道と、合計3本あるそうだが、東西の拠点都市であるシエナとビスタを往復するには、このエルロン経由の道が最も多く使われているということだった。それでも、交通量はかなり少なかった。エデンの都市や村は1つ1つをとっても自給自足に近く、各地域で需給体制はほぼ完結しているため、東西間の交易の必要性は高くなかったのだ。
 一度だけ旅の行商人とすれ違う。その大きな風呂敷包みを背負ったトガリネズミ族は、朋也たちが会釈すると応じはしたものの、交渉を避けるようにそそくさと通り過ぎていった。ちらっと見えた風呂敷の中身は乾燥したキノコのようだった。
「今のやつ、ニャンか素行が怪しいニャ~」
 胡散臭そうな目で後ろ姿を追いながらミオがつぶやく。ネコ族の彼女にじっとにらまれると、落ち着かないのも無理はないかもしれないが。
 道中はそれきり誰とも出くわさなかった。モンスターには相変わらずたびたびちょっかいを出された。ヒト族が2人に増えた所為もあるかもしれない。モンスターのレベルはクレメインの森に比べかなり高かった。フィルによれば、エルロンにも森の中心部には神木に相当する大木があるそうだが、元祖神木のあるクレメインのほうがきっと結界の威力も強かったんだろう。
 あるいは……考えたくはないけれど、この短い期間にもモノスフィアの影響が強まっているのか……。



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