オーギュストの言うことなどどうでもよかった。〝一番大切な人〟をおめおめと危険にさらすわけにはいかない。でも……一番大切だといって、彼女以外の女の子を危ない目に遭わせるのはあまりに背徳的だ。
「千里……すまん」
二度うなずいてやれやれという顔をする。ジュディのためなら止むを得まいと覚悟を決めてくれたようだ。朋也は千里のそばに近寄ると耳元でささやいた。
「ヤバイと思ったら遠慮なくキツイのを1発食らわせてやれ。いいな?」
「了解」
彼女も小声で応じる。そして、心配するなというように軽く彼の肩をたたくと、ニヤケウシの後に従った。
「そうそう、お嬢さん。物騒なモノは置いていってくださいね?」
一瞬足を止め、渋い顔になる。千里は仕方なくルドルフ爺さんに譲り受けた絆の銃を朋也に手渡した。
「そういうお前は何も持ってないんだろうな!?」
朋也に疑いの目を向けられると、オーギュストは白衣のポケットまで裏返しにして見せた。
「ほら、このとおり丸腰ですよ。ちなみに、私は頭脳で勝負するタイプなものですから、恥ずかしながら一族のスキルはまだレベル1でして……。あなたの大切なお嬢さんは丁重に扱いますから、ご心配なく」
彼女をBSE2号までエスコートしてから、ドクターは嫌味ったらしく朋也のほうを振り返った。
「イヤ~ッハッハッハ♪ 実はこのバーガースターエクセレントを発明したのは、一度素敵な女性を隣に乗せて走ってみたいな~なんて動機もあったんですよね~。これで念願の夢が叶ったなあ♥ では、小1時間ほどで戻りますので。アデュ~♪」
かっこつけてテンガロンハットの縁を指でつっつく。にゃろ~、ウシのくせにカイトの真似なんかしやがって、全然似合ってねーぞ! 千里を隣に乗せ、オーギュストのサイドカーは夕闇の向こうに消えていった。
はあ……大丈夫かな、千里のやつ……。まあ、手を出そうものならルビーでお灸を据えられるのがオチだろうけど……。
それにしても……やっぱりあの2人が水入らずでドライブしてるところを想像するだけで朋也は腹が立った。ので、イメージの中で操縦者を自分に置き換えてみる。ドライブかあ……小学生の頃は自転車で2人乗りしたこともあったっけ。あの頃はまさかあいつを意識するようになるとは思わなかったよな。俺があいつの後ろに乗ったときなんて、腰に手を回したら振り落とされたし……。もう遠い昔の話だけど。
一緒に遠ざかるテールランプを見送っていたミオがふと呟く。
「……あんたの一番は、やっぱり千里ニャのね……」
「まあそういうなよ。身近な家族という意味じゃ、もちろんお前が一番なんだから」
「家族じゃニャイほうがよかった……」
口を尖らせてポツリと漏らす。そんなこと言わないでくれよ~。
そのとき、切迫した声でフィルが呼んだ。
「朋也さん、ちょっとこちらへ!」
2人とも何事かと駆け寄る。フィルは研究所の塀に突っ込んだBSE3号のそばにかがみこんでいた。
「この車体ですが、制動部分のワイヤーが切られていますわ」
フィルの指摘したとおりだった。おまけに、ブレーキにつながるワイヤーはサイドカーの両輪の車軸につながっており、動作した途端ほぼ垂直に近く曲がるよう細工されていた。
「なんてこった! あいつにはめられたのか!?」
てことは──
「千里が危ないよ!!」
クルルが叫ぶ。
朋也たちが戻ろうとしかけたとき、博士の連れていた小さな自動機械、ウシモフが進路を遮った。
「博士ノ発明品ニ触レルナ」
何だ、俺たちの邪魔するつもりなのか? 蹴飛ばしてくぞ、と足を振り上げようとしたとき──前面のパネルを縁取る発光ランプがちかちかと点滅したかと思うと、ウシモフの身体が見る見る膨張し始める。巨大化するなんていくらなんでも反則だろ……。
ついにそれは全長2メートル近いずんぐりしたロボットに成長し、威圧するように一同の前に立ちふさがった。
「うそ~、さっきはあんなにかわいかったのに」
クルルは相当ショックを受けたようだ。
「博士ノ発明品ヲ粗末ニスル者ハオ仕置キデス」
さっきまではコロコロして愛嬌があったが、このサイズだとグロテスクにしか見えない。驚いたことに、このロボットの正面には人面疽が付いていた。どういうことだ!?
「オ仕置キニ……脳ヲ溶カシテ吸イ取ッテヤル!」
全身のハッチが開き、バキュームのホースのような触手を繰り出して4人に襲いかかる。朋也は銃をぶっ放して先端を吹き飛ばした。
「エレキャット!!」
「エメラルド!!」
「サファイア!!」
3人の仲間も実戦モードに入り、スキルをフル回転させる。ミオが彼に向かって叫んだ。
「朋也、あんたは行きニャ!! こいつはあたいたちが片付けるから」
「でも……」
「こんニャやつ3人で十分だわ! スクラップにしてやるニャ!」
「うん、クルルたちは平気だよ! それより、早く千里を助けてあげて!」
「お願いします!」
朋也がなおも逡巡していると、ミオが痺れを切らしたように怒鳴る。
「何グズグズしてんのよ! 後で一生後悔することにニャッてもいいの!?」
「すまん! みんな、くれぐれも気をつけてくれよ!!」
「アイヴィ!!」
フィルが相手を拘束する樹族のスキルを発動する。
「さあ、朋也さん、今のうちですわ!!」
動きを止められている間に、朋也は化け物と化したウシモフの脇をすり抜けた。車庫の前に止められたBSE1号が目に入る。こいつにも細工が仕掛けられてないだろうな? だが、今は躊躇している暇はない。
試作機1号のキーは刺さったままだった。サドルにまたがるとエンジンをかける。そのまま研究所の門をくぐって敷地の外に出ると、2人が向かった方角を目指した。
頼む、千里……どうか無事でいてくれ!!(注)
(注):ゲーム上では、この後朋也抜きの3人パーティーでウシモフとの戦闘に。