オーギュストの言うことなどどうでもよかった。〝一番大切な人〟をおめおめと危険にさらすわけにはいかない。でも……一番大切だといって、彼女以外の女の子を危ない目に遭わせるのはあまりに背徳的だ。
「ごめん、フィル……頼んでもいいかな?」
フィルはこくっとうなずいた。
「かしこまりました」
ニヤケウシの後に従おうとしたフィルを、朋也はいったん引きとめ、そばに寄ると小声でささやいた。
「いいかい、フィル? ヤバイと思ったらキツイのをガツンと1発お見舞いしてやれ。遠慮してちゃ駄目だぞ?」
フィルは目を細めてニッコリ微笑んだ。わかってるのかなあ? そんな必要ないと高を括ってるのか、撃退する自信があるのか……後者なら心配ないんだけど。オーギュストにも念を押しておく。
「おい、少しでもヘンな気を起こしたらただじゃおかないからな!?」
朋也にすごまれ、オーギュストは白衣のポケットまで裏返しにして見せた。
「ご心配なく。ほら、このとおり私は丸腰ですし。ちなみに、私は頭脳で勝負するタイプなものですから、恥ずかしながら一族のスキルはまだレベル1でして……。あなたの大切なお美しい森の精さんは丁重に扱いますから、ハイ」
フィルがローブの裾をたくし上げてBSE2号のサイドカーに乗り込むまでエスコートしてから、ドクターは嫌味ったらしく朋也のほうを振り返った。
「イヤ~ッハッハッハ♪ 実はこのバーガースターエクセレントを発明したのは、一度素敵な女性を隣に乗せて走ってみたいな~なんて動機もあったんですよね~。これで念願の夢が叶ったなあ♥ では、小1時間ほどで戻りますので。アデュ~♪」
かっこつけてテンガロンハットの縁を指でつっつく。にゃろ~、ウシのくせにカイトの真似なんかしやがって、全然似合ってねーぞ! フィルを隣に乗せ、オーギュストのサイドカーは夕闇の向こうに消えていった。
はあ……大丈夫かな、フィル……。彼女が知的な会話ムードに誘導してくれれば、無難ではあるけれど。
それにしても……やっぱりあの2人が水入らずでドライブしてるところを想像するだけで朋也は腹が立った。ので、イメージの中でドライバーを自分に置き換えてみる。……。もしかしたら、自分はフィルから見れば、あの天才発明家ほど話してて面白い相手じゃないかもしれないな……。いや、そんなことあるもんか!
一緒に遠ざかるテールランプを見送っていた千里がふとつぶやく。
「朋也って、彼女みたいなのがタイプだったのね……意外」
「そりゃ、フィルはお前とは大違いだもんな。知的で、お淑やかで、一緒にいるとホッと心が落ち着くし……第一、身の危険を感じることもないし」
「なあに? それって、私は知性のない暴力女で、一緒にいると生傷が絶えないとか言いたいのかしら?」
額に青筋を浮かべる。
「あ、いや……そういうわけでわ」
そのとき、切迫した声でミオが呼んだ。
「朋也っ!! ちょっと来て!」
2人して駆け寄る(助かった……)。ミオは研究所の塀に突っ込んだBSE3号のそばにかがみこんでいた。
「この派手ニャ車、ブレーキの先につニャがってるワイヤーが切られてるわ」
ミオの指差したところをのぞいてみると、確かに彼女の指摘するとおり、肝腎の前後輪の駆動部につながるワイヤーがニッパーか何かですっぱり断ち切られている。おまけに、別の2本のワイヤーはサイドカーの両輪の車軸につながっており、動作した途端ほぼ垂直に近く曲がるよう細工されていた。
「なんてこった! あいつにはめられたのか!?」
てことは──
「フィルが危ないよ!!」
クルルが叫ぶ。
朋也たちが戻ろうとしかけたとき、博士の連れていた小さな自動機械、ウシモフが進路を遮った。
「博士ノ発明品ニ触レルナ」
何だ、俺たちの邪魔するつもりなのか? 蹴飛ばしてくぞ、と足を振り上げようとしたとき──前面のパネルを縁取る発光ランプがちかちかと点滅したかと思うと、ウシモフの身体が見る見る膨張し始める。巨大化するなんていくらなんでも反則だろ……。
ついにそれは全長2メートル近いずんぐりしたロボットに成長し、威圧するように一同の前に立ちふさがった。
「うそ~、さっきはあんなにかわいかったのに」
クルルは相当ショックを受けたようだ。
「博士ノ発明品ヲ粗末ニスル者ハオ仕置キデス」
さっきまではコロコロして愛嬌があったが、このサイズだとグロテスクにしか見えない。驚いたことに、このロボットの正面には人面疽が付いていた。どういうことだ!?
「オ仕置キニ……脳ヲ溶カシテ吸イ取ッテヤル!」
全身のハッチが開き、バキュームのホースのような触手を繰り出して4人に襲いかかる。朋也は杖を振り回してなぎ払った。
「エレキャット!!」
「エメラルド!!」
「サファイア!!」
3人の仲間も実戦モードに入り、スキルをフル回転させる。ミオが彼に向かって叫んだ。
「朋也、あんたは行きニャ!! こいつはあたいたちが片付けるから」
「でも……」
「大丈夫、こんなやつ私たちだけで十分よ! スクラップにしてやるわ!」
「うん、クルルたちは平気だよ! それより、早くフィルを助けてあげて!」
朋也がなおも逡巡していると、千里が痺れを切らしたように怒鳴る。
「何グズグズしてんの!! ここで彼女を護れなかったら、後で一生後悔するわよっ!!」
「すまん! みんな、くれぐれも気をつけてくれよ!!」
「フリーズ!!」
クルルが相手を凍結させるスキルを発動する。
「さあ、今のうちだよ!!」
動きを止められている間に、朋也は化け物と化したウシモフの脇をすり抜けた。車庫の前に止められたBSE1号が目に入る。こいつにも細工が仕掛けられてないだろうな? だが、今は躊躇している暇はない。
試作機1号のキーは刺さったままだった。サドルにまたがるとエンジンをかける。そのまま研究所の門をくぐって敷地の外に出ると、2人が向かった方角を目指した。
頼む、フィル……どうか無事でいてくれ!!(注)
(注):ゲーム上では、この後朋也抜きの3人パーティーでウシモフとの戦闘に。