オーギュストの言うことなどどうでもよかった。〝一番大切な人〟をおめおめと危険にさらすわけにはいかない。でも……一番大切だといって、彼女以外の女の子を危ない目に遭わせるのはあまりに背徳的だ。
「ジュディ……」
さっきから足で地面をほじくり返しながら落ち着かない素振りを見せていたジュディは、朋也に名前を呼ばれるとびっくりして顔を上げた。
「えっ!? ボ、ボク?」
「すまん、頼めるか?」
「う、うん。もちろん……」
チラッとミオを見やってから(当の彼女のほうはプイと顔を逸らしてしまったが)、こくりとうなずく。
「その……ご主人サマのため、だもんね……」
ちょっと言い訳気味に付け加える。朋也は彼女のそばに近寄ると耳元でささやいた。
「ヤバイと思ったら遠慮なくガツンとやってやれ。いいな?」
「わ、わかった」
小声で応じる。体力のことを考慮に入れても彼女が一番適任ではあったが、朋也はちょっぴり不安を覚えた。ジュディは肝腎なときにドジを踏むことがあるからな……。
「そうそう、お嬢さん。物騒なモノは置いていってくださいね?」
「ええ!? だって、これはボクの一族の必需品なんだけど……」
抗議するジュディの前でドクターが指を振る。
「ちっちっ、いけませんねぇ。デートにそんな無粋ものを持ち込むのは反則ですよ」
彼女は渋々剣を柄から抜いて朋也に放った。
「そういうお前は何も持ってないんだろうな!?」
朋也に疑いの目を向けられると、オーギュストは白衣のポケットまで裏返しにして見せた。
「ほら、このとおり丸腰ですよ。ちなみに、私は頭脳で勝負するタイプなものですから、恥ずかしながら一族のスキルはまだレベル1でして……。あなたの大切なお嬢さんは丁重に扱いますから、ご心配なく」
彼女をBSE2号までエスコートしてから、ドクターは嫌味ったらしく朋也のほうを振り返った。
「イヤ~ッハッハッハ♪ 実はこのバーガースターエクセレントを発明したのは、一度素敵な女性を隣に乗せて走ってみたいな~なんて動機もあったんですよね~。これで念願の夢が叶ったなあ♥ では、小1時間ほどで戻りますので。アデュ~♪」
かっこつけてテンガロンハットの縁を指でつっつく。にゃろ~、ウシのくせにカイトの真似なんかしやがって、全然似合ってねーぞ! ジュディを隣に乗せ、オーギュストのサイドカーは夕闇の向こうに消えていった。
はあ……大丈夫かな、ジュディのやつ……。あんな頭でっかちの奴に腕力で負けることはないだろうけど、きっとおしゃべりに付き合わされるだけで閉口するだろうなあ。彼女には荷が勝ちすぎるかも……。
それにしても……やっぱりあの2人が水入らずでドライブしてるところを想像するだけで朋也は腹が立った。ので、イメージの中で操縦者を自分に置き換えてみる。う~ん……あいつとドライブなんてやっぱり似合わない気がする。ジュディとだったら、夕日の川べりでジョギングか、せいぜいサイクリングってコースだよなあ──って、それじゃ変身前とちっとも変わらないか……。
一緒に遠ざかるテールランプを見送っていたミオがふと呟く。
「……まさかあんたがバカイヌを選ぶとは思わニャかったわ」
「まあそういうなよ。身近な家族という意味じゃ、もちろんお前が一番なんだから」
「あたいが千里の家に拾われればよかったニャ~……」
口を尖らせてポツリと漏らす。おいおい。
そのとき、切迫した声でマーヤが呼んだ。
「ちょっと2人とも、こっち来てぇー!」
朋也たちは何事かと駆け寄った。マーヤは研究所の塀に突っ込んだBSE3号の車体に首を突っ込んでいる。
「このヘンな車、ブレーキの先につながってるワイヤーが切られてるよぉ~」
マーヤの指差したところをのぞいてみると、確かに彼女の指摘するとおり、肝腎の前後輪の駆動部につながるワイヤーがニッパーか何かですっぱり断ち切られている。おまけに、別の2本のワイヤーはサイドカーの両輪の車軸につながっており、動作した途端ほぼ垂直に近く曲がるよう細工されていた。
「なんてこった! あいつにはめられたのか!?」
てことは──
「バカイヌが危ニャイわ!!」
ミオが叫ぶ。
朋也たちが戻ろうとしかけたとき、博士の連れていた小さな自動機械、ウシモフが進路を遮った。
「博士ノ発明品ニ触レルナ」
何だ、俺たちの邪魔するつもりなのか? 蹴飛ばしてくぞ、と足を振り上げようとしたとき──前面のパネルを縁取る発光ランプがちかちかと点滅したかと思うと、ウシモフの身体が見る見る膨張し始める。巨大化するなんていくらなんでも反則だろ……。
ついにそれは全長2メートル近いずんぐりしたロボットに成長し、威圧するように一同の前に立ちふさがった。
「うそ~、さっきはあんなにかわいかったのに」
クルルは相当ショックを受けたようだ。
「博士ノ発明品ヲ粗末ニスル者ハオ仕置キデス」
さっきまではコロコロして愛嬌があったが、このサイズだとグロテスクにしか見えない。驚いたことに、このロボットの正面には人面疽が付いていた。どういうことだ!?
「オ仕置キニ……脳ヲ溶カシテ吸イ取ッテヤル!」
全身のハッチが開き、バキュームのホースのような触手を繰り出して4人に襲いかかる。朋也は直ちに剣を抜いて先端をたたき切った。
「エレキャット!!」
「トリアーデ!!」
「サファイア!!」
3人の仲間も実戦モードに入り、スキルをフル回転させる。ミオが彼に向かって叫んだ。
「朋也、あんたは行きニャ!! こいつはあたいたちが片付けるから」
「でも……」
「こんニャやつ3人で十分だわ! スクラップにしてやるニャ!」
「うん、クルルたちは平気だよ! それより、ジュディを助けてあげて!」
「そうよぉ~、早く行ってぇーっ!!」
朋也がなおも逡巡していると、ミオが痺れを切らしたように怒鳴る。
「何グズグズしてんのよ! 後で一生後悔することにニャッてもいいの!?」
「すまん! みんな、くれぐれも気をつけてくれよ!!」
「フリーズ!!」
クルルが相手を凍結させるスキルを発動する。
「さあ、今のうちだよ!!」
動きを止められている間に、朋也は化け物と化したウシモフの脇をすり抜けた。車庫の前に止められたBSE1号が目に入る。こいつにも細工が仕掛けられてないだろうな? だが、今は躊躇している暇はない。
試作機1号のキーは刺さったままだった。サドルにまたがるとエンジンをかける。そのまま研究所の門をくぐって敷地の外に出ると、2人が向かった方角を目指した。
頼む、ジュディ……どうか無事でいてくれ!!(注)
(注):ゲーム上では、この後朋也抜きの3人パーティーでウシモフとの戦闘に。