長い沈黙の後、ウーは激闘の後で思考もまともに働かない2人に向かって言った。
≪……では、最後の問題を出すとしよう……≫
『問題。170年前、ヒト族の1組の男女が紅玉を神鳥から奪い、世界を混乱に陥れる事件が起きた後、文明社会に参加する800種族のうち当のヒト族を担当するアテナ=ペルソナを除く全守護神が、エメラルドの守護者キマイラの召請で一堂に会し会議がもたれた。議題は、エデンに残されたかの種族の処遇をどうするかだった。結局、彼らは守護神共々イゾルデの塔に幽閉され滅ぶに任されたのだが……。その会議の席上で、撲滅を要求する声が多数を占める中、1人最後まで異を唱えた神がいた。それは次のどの種族の神か?
1.サル
2.イヌ
3.蚊』
「ウーの神様……やっぱり、あなたは……」
ジュディの顔に笑みが広がる。
正答の当人であるカニアス=ウーは目を伏せると、自嘲気味に微笑んだ。
≪フッ……我とてヒト族の悪行を赦す気はないが、一族の多くの者が慕うならば無下に殺せとは言えぬ。おかげで我はこのピラミッドに謹慎処分となってしまったが……≫
そうだったのか……。ウーは自らの意思でピラミッドに引き篭もったわけではなかった。ニンゲンの肩を持ってキマイラや他の神獣たちに反対したばかりに罰を受けてしまったのだ……。一族の者たちが尚更ニンゲンに恨みを抱くようになったとしても、責められはしないだろう。
朋也は深々と頭を垂れた。
「すまない、俺たちの所為で……」
ウーはカッと目を見開くと、彼を正面から見据えた。
≪お前に謝罪の意があるのなら、我が願いを聞き入れよ!≫
すぐに穏やかな表情に戻り、娘を嫁にやる父親そのものの神妙な顔つきで頭を下げる。
≪どうか、この者の気持ちを最後まで裏切らないでやってくれ……≫
「ああ、わかってる。絶対に彼女を裏切ったりしないよ」
ジュディの手を握り締めながらはっきりとうなずく。神様に頭を下げられて、否とは言えないよな。
≪よろしい。2人とも合格と認めよう!≫
パンパカパ~ン♪ こういうBGM流されると一気に気が抜けるんだけど……。
ウー神は1着の鎧を取り出すとジュディに差し出した。見た目は軽量そうだが、バーナードの盾やドーベルソードに劣らぬ一級の装備品であることが一目でわかる。
≪これは物理・魔法とも最強の防御性能を誇る鎧、マスチフメイルだ。そのうえ雷属性のダメージを大幅に軽減することができる。受け取るがよい≫
「ありがとう! 朋也、着てごらんよ? きっとボクらの一族のどんな剣士より似合うと思うよ♪」
ジュディは動きやすく馴染んだ初期装備のほうが気に入っているとみえ、ウーからの授かり物を朋也に渡した。試しに制服の前に合わせてみる。ううん、剣士っぽいかなあ?
続いてウー神は右手を天に掲げて指を鳴らした。と、突然彼が降臨したときと同じような黄色い光があふれる。中から現れたのはイヌ族の女性だった。顔つきはむしろ前駆形態に近かったが、切れ長の目をした端正な美人だ。全身を産毛に覆われているとはいえ、ローブを纏ったウーと違いほとんどすっぽんぽんだったので朋也は目のやり場に困ったけど……。
≪彼女はローズビィ、我が妻だ。我に代わり、お前たちの力となろう≫
ウー神の奥さんは2人に向かって優しく微笑むと光の中に溶け込んで見えなくなった。と同時に、全身が温かい光に包まれる。それは身体の中に浸透するように消えていった。これが召喚の力か……。他の種族と異なりカニアスは呼び出すことができないが、奥さんのほうは制約を受けないということらしい。
それからウー神は、やや厳しい目つきに戻ってジュディの目をじっと見た。
≪……女よ。お前はとてつもない困難に立ち向かうつもりのようだな……。エデンを管理する方針を立て実際に運営するのは、我々特定の種族を護る神の務めではない。直接力添えすることは我にはできぬ。だが……お前のことをいつでも見守っているぞ。くれぐれも己が身を粗末にせぬようにな?≫
「ありがとう、ウーの神様!! そうだ、ルドルフのお爺さんが神様によろしくって♪」
≪ほう……縁とは奇なるものよな。息災で暮らすよう伝えるがよい≫
2人に向かって微笑むと、ウー神は淡い光に包まれ消えていった。後には吸い込まれそうな星空だけが残された。
ジュディは北東の彼方、千里の囚われたレゴラス神殿のある方角にきっと目を向けた。一族の守護神に召喚の力と最強の装備、そして何より勇気を与えてくれる温かい励ましの言葉を授けてもらい、彼女のうちに今までにない自信がみなぎっているのを、朋也も感じることができた。
「待ってて、ご主人サマ……ボク、必ずご主人サマを助けだしてみせるから! それまで無事でいてね!!」