≪#9109557。たった今からフューリーの妖精長はお前だ≫
「そ、そんなぁ~!? あたし、妖精長なんてぇ~……」
オロオロするばかりのマーヤに、すべてを失ったディーヴァは生気のない無気力な目を向けた。
「私の負けね、Cクラス #9109557──いえ、新妖精長、SSクラスのマーヤ。認めたくなんてないけれど……キマイラ様は、エデンを管理する業務を非の打ち所がないほど完璧にこなし、魔力においても右に出る者のないこの私ではなく、抜きん出た能力もなく200歳にも満たない若造のお前を選んだ……」
無理やり任務を交代させられたディーヴァの羽はすっかり精彩を失い、枯れた花のように萎れていた。そればかりではない。彼女の全身の輪郭は次第にぼやけ、ホログラフのように透き通りだした。な、何だ? 彼女の姿が薄れていくぞ!?
「キマイラ様、やめてぇーっ!!」
マーヤには何が起こっているのかわかっていた。目の前にある巨大な機械は妖精たちのテロメア解除装置だった。妖精の寿命の長さを決定するテロメアは、すべての個体、すべての細胞できっかり千年分と決められている。この装置はそれらを一瞬にしてゼロに削ってしまうのだ。
テロメアを操作されると、直ちにアポトーシス(自死)の遺伝子が働き、死への秒読みが始まる。起動権限があるのは妖精長のみだったが、もちろん神獣キマイラは例外だ……。
「フ……後25年ばかり未練がましく生にしがみつくつもりはないわ。私のことより、自分のこれからのことを心配したらどうですか?」
本人は自分に死の託宣が下されても一向に動じる気配はなかった。冷たい声で言い放つ。
「私の権限は根こそぎお前に委譲させられてしまったけど、妖精長のみに通達される私たち一族の秘密だけは教えない。それはお前がキマイラ様の口から直に確かめるがいいわ。私たちが一体いかなる存在なのか……お前のしがみついているものがどれほど浅はかな幻想にすぎないか……真実に触れた時、お前は深い絶望を味わうことになりますよ。何も知らなければよかったと……。せいぜい、思い知るがよいでしょう……」
捨て台詞を残すと、前妖精長ディーヴァの身体は光の粒子となって分解し、消滅した。
呆然として立ち尽くすマーヤの後ろに、Sクラスの妖精がやってきて──業務のローテーションの関係でさっきの戦闘に参加しなかったんだろう──恭しく頭を下げた。
「妖精長マーヤ様。ご指示をいただけますでしょうか?」
死をもたらす機械の上で狂ったように踊っていたランプが消え、管理塔内はしんと静まり返る。キマイラの声ももう聞こえない。
動物を介護する日々を送っていた一介のCクラスの妖精にすぎなかったマーヤは、陰謀めいた特殊任務を経て、何も解らぬまま、知らされぬままにいきなり全妖精を束ねる一族の長のポストを押し付けられてしまった。運命の荒波に否応なく翻弄され、未来への不安に怯えて震えるばかりの彼女の手を、朋也はただそっと握り締めてやることしかできなかった──