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マーヤ: +

「#9109557──いえ、マーヤ。お前に妖精長の職務を継承します。当然SSクラスに昇格よ。私の名前はキマイラ様からいただいたものだけど、お前は好きな名前を名乗るがいい。フューリーの指揮権、各プラントの運営権、300万の妖精の人事権、寿命の剥奪権、すべてたった今からお前のものです」
「そ、そんなぁ~!? 急に言われてもぉ~……」
「……キマイラ様は、お前のテロメアの操作を私に許さなかった。私自身のものでさえ操作可能なのに。私は認めたくないけれど、彼は私よりお前の能力を買ったのよ。エデンを管理する業務を非の打ち所がないほど完璧にこなし、魔力においても右に出る者のないこの私ではなく、200歳にも満たない若造のお前をね……」
 族長交代の儀式を終えたディーヴァの羽はすっかり精彩を失い、枯れた花のように萎れていた。羽ばたくこともできず身を引き摺るようにして中央の機械のもとに歩いていくと、コンソールのパネルをたたく。
 ブーンという低い唸りを響かせて、装置の前面に並ぶランプが複雑なパターンを描いて点滅する。と同時に、彼女の身体の輪郭が次第にぼやけ、ホログラフのように透き通り始めた。朋也は目をこすったが、錯覚ではない。
「!? ディーヴァ……まさかあなたぁ、自分のテロメアを!!」
「フ……後25年ばかり未練がましく生にしがみつくつもりはないわ……」
 無気力な笑みを浮かべる。
 ディーヴァが操作したのは、任意の妖精に死の宣託を下す装置だった。生物の細胞のDNAの一部であり、寿命の長さを決定するテロメアは、妖精の場合すべての個体、すべての細胞できっかり千年分と決められている。この装置は、それらを一瞬にしてゼロにまで削ってしまうのだ。テロメアを操作されると、直ちにアポトーシス(自死)の遺伝子が働き、死への秒読みが始まる。そして、テロメア解除装置の起動権限があるのは妖精長のみであり、羽のパターンによってキー認証される仕組みになっていた。
「一族のトップである私たち代々の妖精長が今日まで築き上げてきたシステムをお前がどうしようと、私にとってはもうどうでもいいことだけど……1つだけ訊いておきたいわ。マーヤ、お前は本当にキマイラ様に楯突いて紅玉の復活を阻止するつもりなのですか?」
「ジュディも千里もあたしの大切な友達……みすみす死なせるわけにはいかないわぁ。だから、たとえあたしの命に代えても返してもらうつもりよぉ。神獣様にだって、きっと認めさせてみせるわぁー!」
 毅然として答えるマーヤに、ディーヴァは冷たく言い放った。
「命に代えても? それは無理ね……たかが私たち如きの命では……。お前には妖精長としての権限をすべて引き継いでいくけれど、妖精長のみに通達される私たち一族の秘密だけは教えないでおきます。それはキマイラ様の口から直に確かめるがいいわ。私たちが一体いかなる存在なのか……お前のしがみついているものがどれほど浅はかな幻想にすぎないか……真実に触れた時、お前は深い絶望を味わうことになりますよ。何も知らなければよかったと……。せいぜい、思い知るがよいでしょう……」
 最後の台詞を言い終えるとともに、前妖精長ディーヴァの身体は光の粒子となって分解し、消滅した。
「……」
 新妖精長マーヤは、前任者の言葉の意味を反芻するように、唇を噛み締めて彼女の消えた後を見つめ続けた。朋也には、彼女の震える手をただそっと握り締めてやることしかできなかった──


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