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 老いたウサギ族たちは頷いて一斉に立ち上がると、輪を描いて踊り始めた。
「ヤレピョン、ホレピョン、ウサピョン、ホイ!」
 ……。これじゃ幼稚園の運動会のダンスだな。あるいは老人ホームの盆踊り大会とでも言うべきか。と呆気に取られてながめていた朋也の腕をクルルが引っ張る。
「ほら、朋也も一緒にやろ?」
「えっ!? や、やだよ、俺……」
「こら、お前さんエル様に失礼だろうが! 行ってこいや!」
 スライリに蹴飛ばされる。
「そうだよっ! ほら、クルルが手をつないであげるから♪」
 クルルに連れられるままに、クルクル回りながら踊る老人たちの輪に加わる。
「ヤレピョン、ホレピョン、ウサピョン、ホイッ♪」
「ヤ、ヤレピョン、ホレピョン、ウサピョン、ホイ……」
 と、山奥の早い夕暮れを控えた空が急に白い輝きに包まれた。な、何だ──!?
 頭上を振り仰ぐと、空中で村人たちに合わせるように無邪気に踊り跳ねているウサギ族の女性の姿が見える。顔はむしろ前駆形態に近い。少しクルルに似ている気がした。かなりグラマーだったけど。
 ファイバーが両手を掲げながら呪文を詠唱するようにエルに呼びかける。朋也には途切れ途切れにピョンピョン言ってるのだけしか理解できなかったが……。
 ファイバーが彼らのほうを指差すと、エルは2人に向かって一跳びに跳躍した。大きな前歯をニッと見せて笑うと、不意に彼女の姿が消える。と、何か温かい力が全身を包み込み、身体中に染み渡っていくのを感じた。
「さあ、これで君たちは彼女の加護を得た。君らを媒体にすることで、ユフラファの一族もエルの恩恵に預かれるようになる」
「でも……みんなはいいのかい? 彼女を連れてっちゃったらインレが大変なんじゃないのか?」
「なあに、彼女がちっとばかり村を離れたところで、俺たちゃどってことねえさ」
 スライリが太鼓判を押す。
「見てのとおり、いくら彼女の加護があったとて、若者のいないこの村は放っておけばいずれ滅びてしまうじゃろう。君たちはわしら一族の未来なんじゃ。頼みますぞ?」
「うん。ありがとう、ヘイズルさん、ファイバーさん、スライリさん、村のみんなも……。クルル、ユフラファに戻ったら、おじいさん、おばあさんたちがこうして元気にやってるって必ずみんなに伝えるね! きっと村長の奥さんも、ラディッシュさんも、村中のみんなが飛び上がって大喜びするよ! それと、若い仲間を村に連れてきてあげるよっ! そして、また昔みたいにみんなが自由に行き来できるようにしようねっ♪」
 クルルはそう言って、村の年老いた同族たちに笑顔を振り撒いた。よかった……。一時はがっかりしたけど、クルルの期待が裏切られずに済んで。彼女と一緒に苦労してここまでやってきた甲斐があったな……。
「なんとも頼もしいことじゃのう。今日はほんにめでたい日じゃ! お2人とも今晩はゆっくりしていきなされ。たいしたものはないが、村中を挙げてもてなしますからな」
 こうして2人は、雪深い山奥の村でその夜を過ごすことになった。クルルはおじいさんたちに囲まれてお喋りにふけるのはちっとも苦でない様子だったが、朋也のほうはスライリ以上に女性陣に引っ張りだこで大変な目に遭った……。

 翌朝、朝食をご馳走になってから、2人は山を降りることにした。村人はたった1泊しかしていけないのを残念がったが、クルルはまた必ず皆に会いに来ると笑顔で約束した。
「それじゃ、みんな、また遊びに来るねっ!」
「気ぃつけてなぁ」
 手を振って去ろうとしたとき、ファイバーとスライリが2人のもとに近づいてきた。
「なあ、兄ちゃん……お前さん、これからひとしきり暴れるつもりなんだろ?」
 スライリが朋也の腰に手を回し、ニヤリとしながら小声でささやく。
「え!?」
「それに、お前さんホントはヒト族だろ? 他の年寄り連中にゃバレなくても、俺たち2人の目は誤魔化せないからな。伊達に武闘家をやってたわけじゃないんだぜ? もっとも、匂いはほとんど俺たちと変わらないくらいだが……。よっぽどカノジョに入れ揚げてるとみえるな、え?」
 そう言いながら肘で朋也を小突く。
「い、いや、その……」
「照れるない♪ 俺もそんなお前さんに惚れ込んだんだ。足が悪くなけりゃ、手取り足取り実地に仕込んでやりたいとこだがな。代わりに、予備のシューズもお前さんにくれてやる。一応俺がきちんとプラクティスしてやったやつだ。ああ、いいっていいって、黙って受け取っとけ! どうせ俺が持ってても用なしだからな。お前さんに惚れたって言ったろ? それと、ソバットのコツも伝授してやる。いいか、ソバットってのはな──」
 有無を言わせずあれこれ押し付けられてしまった。でも、スライリってホントに憎めないおっさんだな。彼を見ていて朋也はトラのことを思い出した。彼とだったらきっといい飲み友達になってたろうに……。
 一方、ウサギ族きっての占い師のほうは、クルルの目をじっと見つめたまま何事か考え込んでいた。
「ファイバーのおじいさん、どうしたの?」
 クルルに促され、我に返ったように切り出す。
「……お嬢さん、クルルといったね。1週間ほど前、私の占いに、東に凶事が起こった後、若い2人が現れてインレに再び未来を切り拓くと出たんだ。それで、君たちがここに訪れることがわかったのさ。でも、君のこの先の未来は、私の占いでもまったく読むことができない……。理由はわからないが、後は君たち次第ということだろう。ひょっとしたら、何か大きな試練が君の行く手に待ち受けているかもしれない……。私には、月並みな言葉をかけることしかできないが、それでも、君の幸運を祈っているよ。エルのご加護と共にあらんことを」
「ありがとう、ファイバーさん。心配しないで……クルル、何があっても負けないから」
 クルルは彼の手を握って微笑んだ。

 インレと麓をつなぐ洞窟に向かう途中で、クルルが口を開いた。
「ごめんね、朋也。こんな遠くまで付き合ってもらったのに……」
「気にするなよ。村が無事で、みんなも健在で、おまけに守護神獣の力まで分けてもらったんだから、言うことないじゃないか。大体正直に白状すると、俺なんて来る前は、村がまだ存在すること自体半分あきらめてたんだぜ? まあ、クルルの当初の目的の方はかなえられなくて残念だったけどさ……。おまけに、今度はユフラファから若者を連れてくるっていう宿題も出されちゃったし。ユフラファのみんなの結婚相手を見つける方は、エデン中に散ってるウサギ族の男に呼びかける方法を考えなくちゃどうにもならないかもな……」
「そうだね。まあ、別に見つからなければ見つからないで、一族の血にこだわらなくてもいいんだしね……」
 そこでなぜか朋也の顔を見て、頬を赤らめる。
「いずれにしても、今は千里を助けるのが先だよ。今度は朋也のためにクルルが働く番だもの。ユフラファに帰っておばさんに挨拶したら、シエナに戻ろ!」
「ああ……」
 朋也はそこで、もう1つインレに用事があったのを思い出し、立ち止まった。
「そうだ、クルルの持ってるブローチ、ちょっと貸してくれないか?」
「え? うん、別にいいけど……」
「悪い、すぐに返すから。ちょっとここで待っててくれる?」
「と、朋也??」
 朋也はクルルからブローチを受け取ると、彼女をその場に残したまま、雪道を踏みしだきながら大あわてでインレに引き返した。ファイバーの姿を見つけると、彼のそばに駆け寄る。
「おや、どうしたんだい? 忘れ物かね?」
「ええ、まあ。実は、これをちょっと見て欲しいんだけど……」
 ファイバーは彼の手からブローチを受け取ると、すがめるようにながめ回した。
「これは……あの子の身に付けていたものだね」
「うん。このブローチに心当たりは? それと、15年前の大雪の時に、赤ん坊を抱えていた女性はいなかったかな?」
「いや、あの頃乳飲み子を抱えていたり身ごもっていた女はいない。それに、これは──」
 険しい目つきで蒼い宝石をじっと覗き込む。
「この石には、何か特別な力が感じられるね。エルのような守護獣の力でもない。ああ、だが……私の能力ではそれが何なのか、捉えることすらできない……。いずれにしても、この装飾品はこの村のものではないよ」
 ファイバーにブローチを返してもらうと、朋也は不思議な蒼い宝石を見つめた。
 それじゃあ、クルルはインレの生まれじゃなかったのか? ユフラファでもインレでも、誰からも愛される彼女の正体がわからないなんて……それに、あの洞窟でウーマルと対戦したときのことといい……一体、あの子は何者なんだ──??


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