その晩はみなぐっすり眠りに就き、至極快適な朝を迎えた。期限の日蝕を2日後に控えて昂ぶった神経にも、潮騒の子守唄は大いに安眠効果があったようだ。ただ、朋也はその潮騒の音に混じって誰かが歌っているのを聞いたような気がした。うつらうつらしていたし、ただの夢だったのかもしれないが……。
その日の午前中は最後のミーティングと装備類の再確認に費やした。昼食後、出航30分前に桟橋に集合することに決め、それまでは各自自由時間ということで解散する。
朋也は1人浜辺に下りた。砂を踏みしめながら波打ち際を歩く。すでに段取りは何度も打ち合わせしたとはいえ、明日のことを考えるとやっぱり頭の中を不安が渦巻く。
はたしてジュディを無事に救い出すことができるだろうか? カイトやリルケ、そして神獣キマイラとの戦いは避けられないのだろうか? エメラルドの神獣が千里を一体どうするつもりでいるのかはまだわからないが、できることならすべてが円満に解決して欲しかった。キマイラたちと争わずに和解し、ジュディと千里が今度こそ2度と離れ離れにならずに済み、そのうえトラの願いどおり、エデンがモンスターに脅かされたりすることなく平和を取り戻すことができれば、何も言うことはない。
だが、再び生きて帰ってこれるのかさえ、今の彼にはわからなかった……。
午後7時、汽笛とともに連絡船が出港する。乗客の半分がツアー客、残り半分は妖精だった。物資の輸送を担当するCクラスがほとんどで、アニムスを巡るミッションに関わっている者はたぶんいないだろうと思われた。ひょっとしたら彼女たちの間にマーヤの姿も混じっていないかとさりげなく見回してみたが、やはり乗船はしていないようだった。
他のツアー客とキャビンで寛いでいたとき、ふと千里の姿が見えないのに気づく。デッキの上に上がると、すぐに手すりにもたれかかって波間を見つめる彼女の後ろ姿が目に入った。
朋也はゆっくり近づいていくと、無言で千里の隣に並んだ。明日が新月なだけに、月明かりに邪魔されない海上の星空はまさに降るようなという形容がぴったりだった。天の川もはっきり見えるし、アンドロメダの長円形まで手に取るように判る。
だが、千里の目は美しい夜空ではなく、水平線の闇の向こうに隠れた孤島レゴラスのある東北方をじっと見据えていた。
「大丈夫だよ、千里。ジュディは必ず助け出せるさ」
しばらく一緒になって黒々とうねる波頭の彼方に目をやってから、彼女の肩に手を置く。
「うん……」
千里はやっと彼の顔を見上げ、ささやくようにうなずいた。
「さあ、明日は朝早いんだから、もう休まなきゃ」
彼女を促すと、一緒に船室に引き返す。そうさ、きっと何もかもうまくいくさ、何もかも……そう自分に言い聞かせながら。次の日、予想だにしない運命が自分を待ち受けているとも知らず──