ホテルに帰ったら女の子たちに部屋から追い出され、廊下で寝る羽目になった朋也は、爽快とはとてもいえない朝を迎えた。ひょっとしたらこれが地上でぐっすり眠れる最後の機会かもしれなかったのに……。
その日の午前中は最後のミーティングと装備類の再チェックに費やした。昼食後、出航30分前に桟橋に集合することに決め、それまでは各自自由時間ということで解散する。最後の自由時間くらい一緒に過ごしてくれる子はいないかな~と思ったのだが、みんなあわただしく立ち去り、ホテルの前には朋也だけがポツンと残された。仕方なく1人寂しく浜辺に向かう。
砂を踏みしめ波打ち際を歩きながら、彼はぼんやりと明日のことを考えた。既に段取りは何度も打ち合わせしたとはいえ、頭の中は不安で一杯だ。
はたしてジュディを無事に救い出すことができるだろうか? カイトやリルケ、そして神獣キマイラとの闘いは避けられないのだろうか? そして、ルビーのアニムスは復活することになるんだろうか? それが復活したら、あるいはしなかったら、エデンは、モノスフィアは、一体どうなってしまうんだろう??
できることなら、全てが円満に解決して欲しかった。ジュディと千里が今度こそ2度と離れ離れになることもなく、キマイラたちと争わずに和解し、そのうえトラの願いどおり紅玉を再生させる方法が他に見つかって、エデンがもうモンスターに脅かされずに済めば、何も言うことはない。そして、家族や学校の友達の待っている元の世界に帰ることができれば……。
千里だってきっと向こうに帰りたがってるはずだ。でも、ミオやジュディはどうだろう? やっぱりエデンに残ることを選択するだろうか? そしたら、彼女たちとはもう2度と会えなくなっちゃうんだろうか──? 考えていたら、ミオの顔が見たくてたまらなくなってきた。
ふと足音に気づいて振り返ると、少し離れて浜辺を歩く1人の女の子の姿が目に入った。西に傾いた日差しを浴びて三角に尖った2つの耳と左右に揺れる尻尾が見える。ミオ……!?
名前を呼びかけたが、人(ネコ)違いだったことに気づく。お魚ちゃんだった。
「あら、昨日の……」
言いかけて、例の〝蜂蜜事件〟を思い出したのかクスクスとお腹を抱えて笑う。
「あのときは店に迷惑かけちゃってほんとにごめん」
「ホント、ポートグレー始まって以来の悲劇だったわね~。今日はあの子たちと一緒じゃないの?」
答える代わりに肩をすくめる。お魚ちゃんはもう一度クスッと笑った。
「あらあら、みんなにフラレちゃったの? 代わりに私がお相手してあげたいとこだけど、生憎これからデートの約束なんだ……。ここへはちょっと時間つぶしに来たのよ」
……。まあ、ウマイ話はそうそう転がってないよな。でも、彼女と話せたおかげでやるせない気持ちはだいぶ和らいだ。
少しの間他愛のない世間話を交わしてから、ボーイフレンドのところへ向かう彼女に手を振って別れる。時計に目をやると、出港の7時まで後1時間余りしかない。朋也はホテルのほうへゆっくりと歩き出した。
「遅いな……一体どうしたんだ、ミオのやつは?」
時計の針は19時8分を指していた。すなわち、出港時刻をとうに過ぎている。
「早くしないと船が出ちゃうよ~!」
「朋也ももう乗ったほうがいいんじゃないのぉ?」
船長にはもう1人来るはずだからと頼み込んで、出発を延ばしてもらっていた。朋也以外は全員艀を渡って乗り組んでいる。彼1人だけが桟橋に残ってじりじりしながら船着場の入場口をじっと見つめていた。
じれったそうに時計を見ながら足踏みしていた千里が顔を上げて訴えた。
「朋也、もう無理よ! この船を逃したら元も子もなくなっちゃうわ! ミオちゃんには悪いけど、あきらめましょう!」
朋也はもう一度街のほうを振り返ると、後ろ髪を引かれる思いで船に乗り込んだ。汽笛とともに、船は港を離れた。
デッキに上がり、次第に遠ざかっていく岸壁を呆然と見つめる。なんてこった……土壇場に来てミオと別れ別れになってしまうなんて……。
頭を抱えてうめいていると、誰かがトントンと肩をたたいた。
「何やってんのよ、こんニャとこで?」
「ミオッ!?」
びっくりしたあまり、しばらく言葉が出てこない。
「一体どこにいたんだ!? てっきり乗り遅れたのかと──」
「することもニャイから先に船に乗り組んで待ってたら、途中で転寝しちゃった」
ミオは悪びれたふうもなく言ってのけた。
やれやれ……とんだ騒動だった。まあともかく全員無事に揃ったんだからいいけど。それにしても、レゴラスに着く前からどっと疲れちゃったよ(T_T)