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「一緒にだと?」
 リルケは目を上げて朋也を見た。
「ここで私を始末するなり、置き去りにするなりしても構わないのだぞ? もう戦う力は残っていないからな」
「どうしてそんなこと言うんだよ? 君を始末する理由なんてない」
「理由ならある。お前を罠にはめてレゴラス行を阻止しただけで十分だろう」
 朋也は肩をすくめた。
「もう過ぎちまったもんはつべこべ言っても始まらないさ。俺を足止めした理由くらいは訊いときたいけどね」
「……キマイラがお前を〝鍵の女〟と切り離したがったのさ。お前の力を恐れていたからな……」
 俺を恐れていた? キマイラが?? 無関係の住民の子をさらわせるような真似をしてまで、俺を足止めしたかったってのか? 悪い気はしないが、朋也にはそれは買い被りすぎなのではないかと思えた。他の仲間たちに比べて魔力もスキルもたいして持ち合わせてないし……。
「ミッションとしては成功だが、アントリオンへの対処を誤って子供を危険にさらしたのは私の落度だ……」
「謝るのはお魚ちゃんにしてくれ。心配して待たせてるんだから、とっとと帰らなくちゃ。悪いけど、その子が車から放り出されないように抱っこしてくれないか?」
 リルケは黙ってうなずくと、男の子の手を引いてサイドカーに乗り込んだ。自分の膝の上に座らせてしっかり抱きしめる。背中の羽がちょっと窮屈そうだったけど。
「よし、じゃあポートグレーに向けて出発だ!」
 朋也はエメラルド号を東に向けて発進させた。リルケが添乗してくれているとはいえ、速度は若干落とし気味でいく。
 延々と続く砂丘を驀進する間、リルケは終始無言で前を見つめていた。何を考えてるんだろうな? 自分もミオたちのことが気にかかっていたが。今頃どの辺りにいるんだろうなあ? 子供はいつの間にやら寝息を立てている。
「俺がもし、この子を助けに来なかったらどうするつもりだったんだ?」
 途中で一度質問してみる。
「お前が来るのはわかっていた」
「それも〝計算〟か?」
「いや……」
 少し間を置いて答える。
「〝勘〟だな」
 勘ねぇ……。なんだか彼女らしくないな。
 2時間近く走り続けてやっとポートグレーの街灯りの届くところまでやってくる。朋也は正門の前でエメラルド号を停めた。
 リルケが静かに男の子を揺り起こす。自分が母親と顔を合わせるのは得策じゃないと、そこで立ち去ろうとした。
「おい。これ、持ってけよ」
 朋也は手持ちの治療薬をリルケに押し付けた。結局自分はアントリオンと戦わなかったからな。今の彼にとってはもう用なしのものだし。
「私をレゴラスに戻らせたら、お前の仲間たちの行く手にはだかることになるのだぞ?」
 押し戻そうとするが、朋也は受け取らなかった。
「これはあの子を護ってくれたお礼の分だ。君がこの後レゴラスに戻ろうと戻るまいと関係ないさ」
 俺も翼さえ生えてりゃ飛んでいきたいところだけどな──とは敢えて言わなかったが。
 リルケはアイテムを返そうとした手を引っ込めると、頭を下げるでもなく黙って立ち去っていった。
 男の子を家まで無事に届けると、両親がまっしぐらに飛び出してきた。息子を抱いて涙を流しながら喜ぶお魚ちゃんを見て、やっぱりポートグレーに残ってよかった、と思い直す。そうだ、後悔することなんて何もないんだよな……。
 ぜひ中にあがってくれという彼女の誘いを丁重に断り、1人桟橋に向かう。桟橋に腰掛けて膝を抱え、星明りを映しながら滔々とうねる波頭の連なりをじっと見つめる。
 涙が込み上げてきた。心の中が空っぽになってしまったみたいだ──


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