不意にバサバサッという羽音がすぐそばで聞こえた。
「また泣いているのか。お前は本当に泣き虫だな」
「何しに来たんだよ! とっととレゴラスへ行けばいいだろ!?」
顔も見ずに吐き捨てるように言う。前とまったく同じパターンだな。
「……船まで連れていってやる」
「えっ!?」
リルケの台詞にびっくりして思わず顔を上げる。
「借りは返さないとな」
フッと笑みを漏らすと、彼女は朋也の背後に立って腕を腰に回した。
「えっと、その……」
「おとなしくしていろ。あと、装備品を落とすなよ?」
リルケはそのまま大きな黒い翼を広げた。足がフワリと宙に浮き、次第に高度を増していく。ウソ……ホントに飛んでるよ!?
「なんだかこれって物理法則に反してない?」
子供だったらともかくなあ。というより、地球の重力を考えると彼女1人分の体重でも既に重過ぎるんじゃないだろうか??
「エデンの成熟形態の鳥族が飛翔する際には、ターコイズの魔力が作用しているからな」
港がぐんぐん遠ざかっていく。座席も何もなくて上から吊り下げられてるのは少々落ち着かなかったが、リルケは高度をあまり上げないでくれたし、下が海なのでそれほど恐怖感はない。慣れてくると、自分が鳥になったような気分を味わうことができた。ハンググライダーを操る感覚のほうが近いか。
緊張感が抜けると、つまらないことが気になりだす……。
「リ、リルケ?」
「何だ?」
「あのォ……む、胸が背中に当たってるんだけど……」
結構大きかったりするし……。それにしても、鳥族なのに乳房やおへそがあるのは不思議っちゃ不思議だ。これも作者、もとい神獣の好みなんだろうか?
「ここで降りたいか?」
「いえ、遠慮しときます……」
そうは言っても密着してないと安定して飛べないため、彼女は姿勢を変えることはしなかった。申し訳ないので、海面の景色に意識を集中することにする。かなり困難な試練ではあったが……。おまけに、羽でできてるらしい彼女のタイツが耳元をくすぐったりするし。
そうこうしているうちに、前方に船の影が見えてきた。スピードを緩めて高度を落とし、着地態勢に入る。
2人はデッキの上に足を下ろした。乗員も乗客もみなキャビンの中にいて、誰も空からの飛び入り参加客に気づいていないようだ。ミオたち、顔を合わせたらさぞかしびっくりするだろうなぁ。
「ありがとう、リルケ。おかげで助かったよ。あんなふうに空を飛んだヒト族は、後にも先にも俺だけだろうな」
「礼を言われる筋合いはない。借りを返しただけだからな。私とお前が敵同士であることに変わりはない」
つっけんどんに言い返す。それでも、今までと違って意識して態度を変えているのは何となくわかるけど。
「キマイラに怒られたりしないか?」
彼女の立場からみると、せっかく作戦は成功したのに引っ繰り返しちゃったんだもんな。
「他人のことより自分たちの身を心配するんだな。レゴラスでは容赦しないからそう思え」
そう言い残すと、これ以上長居は無用だとばかり甲板を蹴って飛び立つ。
東北の海上に遠ざかっていく彼女の姿を目で追いながら、朋也は思った。
今日のことではっきりとわかった。自分と彼女は敵同士じゃない。絶対に。本人が何と言おうと。今ではミオや千里と同じくらい、リルケは自分にとって大切な存在だった。
レゴラスへ行くのは戦うためじゃない。彼女ならきっとわかってくれる。そう信じることにした。彼女が自分を信じてくれたように──