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ミオ: +

 死んだ恋人の横顔を見つめながら、まだ体温の残るビロードのようなグレーの毛皮をなで続けるミオの前で、朋也も無言で頭を垂れた。愛する人の手にかかって本望、か……。きれいな死に顔は、それがカイトの本心だったことの証だろう。だが……じっと見ているうちに目頭が熱くなってくる。本当にひどいやつだった。トラやベスを騙して陥れ、罪のないウサギたちの命まで奪ったうえに、神獣を殺して世界を乗っ取ろうとまで企てた──自分の惚れたたった一人の女のために。これがニンゲンの二枚目の恋敵だったら、ざまあみろで済んだろう。
 それでも、いま目の前に横たわる亡骸は自分の知っているあのカイトだった。常に距離を置き、決して親しい素振りを見せることのなかった、そんな一匹狼の彼の姿を見かけると、ちょっぴり得したような気持ちになれたものだった。そのカイトも、二度と戻ることのない世界に旅立ってしまった……トラやベスやリルケと同じように。
 涙が零れそうになるのをじっと我慢する。愛する者の命を自らの手で奪った彼女が涙を見せないのに……見せられないのに……自分が泣くわけにはいかなかった。
「ごめん……」
 ミオは彼の背をなでていた手を止め、ぼんやりと朋也の顔を見上げると首を横に振った。
「仕方が……ニャかったのよ……。朋也の所為じゃニャイ……。ほっといたら、カイトは間違いニャくあんたを殺してたもの……」
 自分に言い聞かせるように呟く。気休め──というわけじゃないな、事実なんだし。
「ホントにバカにゃ人……あたいはあんたたちを2人とも愛することだってできたのに……男って、どうしてこんニャに不器用ニャのかしら……」
 顔をなでつけながら、カイトに向かって言う。恋愛経験も人生経験も浅くて彼女に遠く及ばない朋也には、なんと答えていいものかわからなかった。
「不甲斐ないな、俺……もっと強くならなくちゃ……」
 ミオは彼を抱いたまま立ち上がった。
「そうね……こんニャことじゃ、キマイラには勝てニャイ。朋也にはもっと強くニャッてもらわニャイと……」
 少し険しい目をして言う。
 彼女はそのまま彼の亡骸を抱いて広場を引き返していった。一行も後に続く。花畑に穴を掘り、リルケの亡骸とともに並べてそっと土をかぶせる。5人は静かに手を合わせて2人の冥福を祈った。
 ネコに、カラスに、イヌに、ヒトに、死後の世界というものがあるのかどうか、朋也にはわからなかった。でも、もしあるとすれば……どの種族だろうと、前駆形態だろうと成熟形態だろうと、どちらの世界の出身だろうと、きっとみんな同じところへ行くんだろうな……。
「行きましょう、千里のところへ……キマイラはこの向こうよ」
 思いを断ち切るかのように、ミオは進んで神殿の中に入っていった。朋也たちは彼女の後に続いた──


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