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 キマイラがさらした彼の腹部を見て、朋也は思わずうめき声を漏らした。強烈な嘔吐感に襲われる。
 そこには何もなかった。腹から背中までぽっかりと大きな穴が貫通している。背後にある塔の壁が丸見えだ。いや、何もないというのは不正確だった。中心にとても小さな黒い球体があり、その周囲だけ空間が歪曲して見える。その黒い芯に向かって、周りの腐敗した組織が絶えず落ち込んでいるのだった……。
「か、身体が腐って、穴ぼこ開いてるよ(T_T)」
 クルルはショックの余りしゃがみ込んでしまう。
≪時空を超えて2つの世界をつなぐことなど、神の力をもってしても生易しいことではないのだ。余は本来なら死すべき定めにない身だが、もはや長くはもたぬ。たとえこの身が朽ち果てようとも、エデンを救えるならば構いはせぬが……≫
 神獣は2つの空間を制御して連結を強制的に維持するため、やむなく自らの体内に特異点を抱え込んだのだった。そして、それは彼の身体が崩壊するまで蝕み続けることになったのだ……。
≪いずれにせよ、ゲートは2度と開くことはない。それだけの力が余には残っておらぬ。お主たちもエデンに留まるしかない≫
 朋也はハッとなって顔を上げた。
「俺たち、もう元の世界へは帰れないのか!?」
 千里の救出を最優先にしてきた彼にとっては、自分たちがこの先どうするかということについては明確に考えてなどいなかった。だが、2度と向こうの世界に戻れなくなる、家族や友達と会えなくなるという事態は想定外だった。
≪朋也よ……余はこれまでお主の行動を逐一観察してきた。お主と千里はヒト族でありながら、他の種族への共感と慈恵の心は申し分がない。お主たちならば、何の障害もなくこの世界の住民と暮らしていけるだろう。エデンは喜んで2人を迎え入れよう。紅玉が再生すれば、フェニックスも元の心と肉体を取り戻す。彼女は、結果のためなら手段を厭わぬ余より寛大だ。一族が彼女に対して働いた大罪にもかかわらず、余亡き後もお主たちのために便宜を図ってくれよう……≫
 そして、もう1度目を閉じ、あらゆる可能性を考慮したうえでの選択の余地のない結論を告げた。
≪モノスフィアを消滅させることなくエデンを救う方法はない。それが唯一の解なのだ。元いた世界のことは忘れるがよい。それは存在してはならなかった──いや、存在していなかったのだ、と……≫
 長い沈黙を余儀なくされたのは、今度は朋也の番だった。思考が働かない。自分の生まれ育った世界、ずっと暮らしてきた世界が、世界そのものが、消えてなくなってしまう!? かの地で生を受けたヒト族である朋也には、その結論を受け入れることはやはり不可能だった。
「……忘れるなんて……忘れるなんて、できるわけないじゃないかっ!! たとえ、それが過ちから生まれたものだったとしても、すでにある1つの世界とそこに住む全ての生命を滅ぼすことなど正当化できやしない!! モンスターは俺が食い止める! その間に他の方法を必ず考える! それまでは……俺の目が黒いうちは、命がある間は、抹させないっ!!!」
 髪を振り乱しながら叫ぶ朋也の台詞を聞いて、キマイラの目の色が変わった。憐憫と労わりの情が消え、あくまで冷徹で厳粛な執行者の目に戻る。
≪……やはり……やはりニンゲンは呪われた種族なのか!? 神に仇なす禍の元凶なのか!? ならば……たとえこの命尽きようとも、お主たちの好きにはさせぬ! エデンは余が護ってみせる!!≫


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