キマイラはさっきからじっとうずくまるようにして動こうともしない。勝負をつけるならいまだ。朋也は神銃の狙いを定めようとした。
「待って、朋也!」
千里が彼の手を押しとどめた。
「……もうこの辺にしときましょう。私もジュディも無事で済んだんだし。私たちの目的は彼を倒すことじゃないんだもの」
「それもそうか」
千里に反対され、朋也は渋々うなずいた。
「こういうときはとどめをきっちり刺しとかニャイと、後で後悔することにニャるもんだけどニャ~」
ミオが面白くなさそうに言う。
≪神獣であるこの余を倒すとは、つくづくニンゲンとは恐ろしい生きものよ……。すでに蝕は始まってしまった。もはや余に残された務めは、この世界が滅びるのを最後まで見届けることのみだ……≫
キマイラは疲れた口調でつぶやくと、がっくりとうなだれた。
朋也はハッと頭上の太陽を見上げた。時計の針はもう1時を指している。キマイラ戦に集中していて注意を払わなかったが、先ほどから辺りは急激に暗くなり、太陽はもう糸のように細い弧を描くのみだった。
そして……最後の閃光とともに、太陽は完全に月の後ろに隠れ、闇の帳が降りる。次の瞬間、コロナの淡い輝きがパッと黒い太陽の周囲に燃え上がった。人心を掻き乱すような妖しい光だ……。
戦闘の疲労も癒えないまま6人が呆然と空を見上げていると、突然千里の身体が暗赤色の光に包まれた。
「きゃあっ!!」
短い悲鳴とともに、彼女の姿は掻き消すようにいなくなってしまった。
「ご主人サマッ!? どこ行っちゃったの!?」
ジュディがびっくりして辺りをキョロキョロと見回す。
「ち、千里ッ!?」
朋也も叫んだ。一体何が起こったんだ!?
そのとき、艶のある女性の高らかな笑い声が響き渡った。
≪アハハハハ! ありがとう、朋也。厄介な障害を取り除いてくれて。おかげで、やっと自由になることができたわ≫
「その声は……イヴ!?」
彼女の毒気を含んだ声音は、千里と一緒にイゾルデの塔に訪れ、彼女の魔法能力の強化を依頼したときのそれとはまったく違っていた。それじゃあ、今までのことは……朋也の心の中に激しい疑念が沸き起こる。
「あんたが千里を連れて行ったのか!? どこにいるんだ!? 一体何をするつもりだっ!?」
≪ウフフフ……あわてなくても教えてあげるわ。私たちはアニムスの塔の中よ。あなたも入っていらっしゃい。そしたら見せてあげる。これから面白いショーが始まるのを。今始まったばかりの天体ショーよりもっと面白いショーがね……。アーッハハハハハッ!≫
イヴの声はそこで途切れた。キマイラが今までにない焦りの色を露にして朋也に訴える。
≪ムゥ……おのれ、あの死に損ないめ。後生だ、朋也! あの女を止めてくれ! 余には奴の考えが読める……。奴の手にアニムスが渡れば、モノスフィアもメタアスフィアもともに破滅だぞ!?≫
「わかった。ともかく、彼女を止めに行こう!」
なんてこった……てっきり彼女は本当の協力者だとばかり思ってたのに。ジュディを取り戻し、キマイラの紅玉再生を阻止して、すべてが解決したと思った刹那に起こった予想もしない事態に、朋也は戸惑うばかりだった。千里の身を案じながら、彼はミオやジュディたちとともにアニムスの塔に足を踏み入れた──