さっきからうずくまるようにじっとしているキマイラを見て、朋也はいったん攻撃の手を止めた。彼の様子をじっと観察してみる。肩で息をしており、もはや腕を上げる力も残っていないようだ。そもそも神獣が自分たちと同じように呼吸するものなのかどうかわからないが……。身体の中心部にぽっかり開いた空洞は、心なしかさっきより広がっているように見えた。表情のほうはうかがい知れなかったが、じっと朋也を見返す目には濃い疲労の色が浮かんでいた。
武器をしまい込んだ朋也に、キマイラがかすかに目を見開いて尋ねる。
≪どうした? とどめを刺さないのか?≫
「バカなこと言わないでくれ! 俺はあんたを滅ぼしに来たわけじゃないんだ! 千里を返してもらって、モノスフィアを消すのを考え直してもらえればそれでいい。それに……俺だってわかってる。お前がそんなボロボロになってまで世界を護ろうとしてるってことぐらい……。だから、これ以上お前を傷めつける気はないよ……」
朋也はそう言って目を逸らした。
ジュディもうなずいて剣を収める。クルルとマーヤはホッと安堵の息を吐き、感謝の眼差しで朋也を見つめた。ミオは1人だけ口を尖らせていたけど……。
≪世界を滅ぼさんとする者が、余に慈悲をかけるというのか? 神を超えたつもりか、それともただ愚かなだけなのか……。だが、もう手遅れだ、朋也よ。すでに蝕は始まってしまった。もはや紅玉の再生は誰にも妨げることはできぬ。誰にもな……。なぜなら、余にはまだ切り札が──エデンを護るための〝最終兵器〟が残されているからだ……≫
そうつぶやくと、がっくりとうなだれる。
朋也はハッと頭上の太陽を見上げた。時計の針はもう1時を指している。キマイラ戦に集中していて注意を払わなかったが、先ほどから辺りは急激に暗くなり、太陽はもう糸のように細い弧を描くのみだった。
そして──最後の閃光とともに、太陽は完全に月の後ろに隠れ、闇の帳が降りる。次の瞬間、コロナの淡い輝きがパッと黒い太陽の周囲に燃え上がった。人心を掻き乱すような妖しい光だ……。
見上げた空から視線をキマイラに戻す。と、朋也たちの見ている前で、キマイラの身体が奇妙に歪み始めた。周囲の暗闇に波長を合わせるかのように、中心のブラックホールが膨れあがり、あっという声を上げる間もなく彼の全身が黒い球体に飲み込まれる。
先ほどまでキマイラの巨体が占めていた空っぽの玉座を、朋也は呆然と見つめた。もしかして、この世界を救おうと必死に策をめぐらせていた守護者に、自分たちが引導を渡してしまったのかもしれない。本当にこれでよかったんだろうか?
唇を噛み締める朋也を、パーティーの女の子たちが口々に慰めた。
「朋也さん……これは不可抗力ですわ。キマイラもいずれこうなる運命は解っていたはず……」
「そうよぉ、朋也が悪いわけじゃないのよぉ~?」
「クヨクヨしたって始まらないよ、ね!」
「さあ、早いとこご主人サマを助けに行こうよ!」
「……そうだな」
朋也はやっと面を上げた。それにしても、キマイラが最後に口にした〝最終兵器〟という言葉が引っかかる……。
「どうかしたぁ?」
まだ浮かない顔をしている彼を見て、マーヤが気遣わしげに声をかける。
「あ、いや……何でもないよ」
彼女に余計な心配かけられないもんな……。
それからマーヤは、大きな羽を広げてフワッとアニムスの塔の入口のところまで飛んでいった。
「ほらぁ~、朋也ぁ、ジュディー! さっさと千里のとこへ行きましょぉ♪ 早く来ないと追いてっちゃうからねぇ~♪」
「あ、こら! 待ってよ、マーヤ!」
ジュディがあわてて後を追いかける。
微笑ましいやり取りをながめつつも、マーヤのこれからのことを思うと、素直に喜べなかった。明るく振る舞っていても、本当は不安で胸が一杯のはずだ。キマイラがいなくなり、紅玉の復活も阻止されたとなれば、エデンはますます混迷を極めるに違いない。そんな中で、彼女にはフューリーの妖精長としての重責がのしかかってくるはずだ。千里たちには悪いが、自分はエデンに残ろう。マーヤを側で支えてやらなくちゃ……。それが、エメラルドの守護神獣を倒してしまった自分のせめてもの罪滅ぼしだよな。そう心に誓いながら、朋也は彼女たちの後に続いてアニムスの塔に向かった──