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クルル: ---

 キマイラはさっきからじっとうずくまるようにして動こうともしない。勝負をつけるなら今だ。朋也はとどめを刺すべく狙いを定めようとした。
「待ってよ、朋也!」
 クルルが彼の腕をとって押しとどめた。
「もうやめようよ。クルルたちの目的は神様を殺すことじゃないんだし、後は千里を助ければいいだけじゃない!?」
「う~ん……でも、こいつはクルルの村の仲間の命を奪った張本人なんだぞ?」
「でも、それは神様として世界を護ろうとしたからでしょ? もう起きちゃったことはしょうがないんだし。だからって殺しちゃったら、同じことになっちゃうじゃない!」
「あたしもクルルに1票入れるわぁ~。一応あんなでもあたしの上司なんだからねぇ~!」
「朋也さん、お言葉ですが……私たちが神獣を滅ぼすのは、やはり分を超えた行いだと思いますよ?」
「まあ、みんながそう言うなら……」
 3人の反対に合い、朋也は渋々うなずいた。まあ、この世界の住人の彼女たちにとってみれば、やっぱり神様なんだしな……。
「こういうときはとどめをきっちり刺しとかニャイと、後で後悔することにニャるもんだけどニャ~」
 ミオが面白くなさそうにブツブツ文句を垂れる……。
 朋也は武器を収めると神獣と向き合った。
≪神獣であるこの余を倒すとは、つくづくニンゲンとは恐ろしい生きものよ……。だが、もう手遅れだ、朋也よ。すでに蝕は始まってしまった。もはや紅玉の再生は誰にも妨げることはできぬぞ……≫
 朋也はハッと頭上の太陽を見上げた。時計の針はもう1時を指している。キマイラ戦に集中していて注意を払わなかったが、先ほどから辺りは急激に暗くなり、太陽はもう糸のように細い弧を描くのみだった。
 そして──最後の閃光とともに、太陽は完全に月の後ろに隠れ、闇の帳が降りる。次の瞬間、コロナの淡い輝きがパッと黒い太陽の周囲に燃え上がった。
 再び頭上からキマイラに視線を戻しながら、ミオが指摘する。
「いえ、まだ間に合うわ。紅玉再生のプロセスは中心蝕が完全に解けるまでは終わらニャイはずでしょ? それまでに千里を取り戻して再生中の紅玉を破壊すれば……」
≪ヌヌゥ……お主がいかに強大な力を持つヒト族であろうと、紅玉を今一度失わせるわけには──≫
 焦燥に駆られたキマイラがそこまで口にしたとき、突然夜のような暗がりの中で青い光があふれ始めた。見ると、なんと光の源はクルルだった。彼女の胸の蒼い大きなブローチが、闇を貫き通す強烈な輝きを発していたのだ。
「な、何が!?」
 わけがわからずうろたえている彼女に向かって朋也が叫ぶ。
「クルルッ!! ブローチを外せ!!」
 だが、青い閃光はしまいには目を開けていられなくなるほどまぶしくなった。やっと光が収まり、目を擦ってクルルのほうを見やると、そこに彼女の姿はいなかった。まるで光がクルルを飲み込んでしまったかのようだ。
「クルルーッ!!」
「クルル!? どこ行っちゃったの!?」
 みなが彼女の名を口々に叫ぶ中、キマイラだけはなぜか不敵な笑みを目に浮かべていた。さっきまで完全に敗北を喫して疲労困憊の体を見せていたのが嘘のようだ。
≪フッフッ、遂にサファイアが発動したか……。朋也よ、いくらあがこうと無駄だ。もはや何人もエデンを脅かすことはできぬ≫
 朋也たちの見ている前でキマイラの身体が奇妙に歪み始めた。周囲の暗闇に波長を合わせるかのように、中心のブラックホールが膨れあがり、あっという声を上げる間もなく彼の全身が黒い球体に飲み込まれる。
 先ほどまでキマイラの巨体が占めていた空っぽの玉座を、朋也は呆然と見つめた。
 サファイア? どういうことだ!?
「当然、所在不明の第3のアニムスのことを指してるんでしょうけどね……」
 ミオが気に入らないといった風情でつぶやく。
「ねえ、クルルも気になるけど、早くご主人サマを助けてよ!?」
「あ、ああ……」
 ジュディにせっつかれ、朋也は仲間たちとともにアニムスの塔の入口へと足を向けた。
 クルル……一体どこへ消えちまったんだ!? 一体何が起ころうとしてるんだ!? 胸の内で次第に膨らみゆく不安の影に怯えつつ、朋也は塔の中に足を踏み入れた──


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