さっきからうずくまるようにじっとしているキマイラを見て、朋也はいったん攻撃の手を止めた。彼の様子をじっと観察してみる。肩で息をしており、もはや腕を上げる力も残っていないようだ。そもそも神獣が自分たちと同じように呼吸するものなのかどうかわからないが……。身体の中心部にぽっかり開いた空洞は、心なしかさっきより広がっているように見えた。表情のほうはうかがい知れなかったが、じっと朋也を見返す目には濃い疲労の色が浮かんでいた。
武器をしまい込んだ朋也に、キマイラがかすかに目を見開いて尋ねる。
≪どうした? とどめを刺さないのか?≫
「バカなこと言わないでくれ! 俺はあんたを滅ぼしに来たわけじゃないんだ! 千里を返してもらって、モノスフィアを消すのを考え直してもらえればそれでいい。それに……俺だってわかってる。お前がそんなボロボロになってまで世界を護ろうとしてるってことぐらい……。だから、これ以上お前を傷めつける気はないよ……」
朋也はそう言って目を逸らした。
ジュディもうなずいて剣を収める。クルルとマーヤはホッと安堵の息を吐き、感謝の眼差しで朋也を見つめた。ミオは1人だけ口を尖らせていたけど……。
≪世界を滅ぼさんとする者が、余に慈悲をかけるつもりなのか? というより、お主、余のことをまるで傷ついた捨てネコでもあるかのような目で見るな……。余はお主たち生ある存在とは違うのだぞ?≫
目を吊り上げる。ひょっとして笑ってるのか? まあ確かに、お腹にブラックホールを抱えて平気でいる生き物なんていやしないわな……。
≪まことお主は不可解な生きものよ。かの世界で生を受けたお主に、どのようにしてそのような心が芽生えるものやらな……。お主たちのような心の持ち主ならば、あるいは──≫
3つの頭でしばらく瞑想するかのようにじっと考え込んでいたキマイラはおもむろに目を開いて言った。
≪よかろう……ここは1つ、お主に賭けてみよう。望みどおり、紅玉の復活はあきらめ、〝鍵の女〟を解放しよう≫
キマイラの言葉を聞いて、パーティーのみなの顔に笑みが広がる。
「本当か!?」
うなずくと、彼は朋也の目をひたと見据えて注文を付けた。
≪よいか、朋也よ。次の皆既日蝕の時まで猶予を与える。それまでに、お主はモノスフィアのニンゲンの行いを改めさせ、エデンを救ってみせるのだ! 余の最後の力をもって今一度クレメインのゲートを開く。そこから元の世界へ還るがよい≫
「わかった。ありがとう、キマイラ! 俺、やってみるよ!」
口で言うほど生易しい仕事でないのはわかっている。だが、世界の守護者たる神獣が、これまでの考えを改めてまで自分に望みを託してくれたのだ。自分の全存在を賭けてもやり遂げなくっちゃな……。
「よかったですね、朋也さん……」
フィルが本当に嬉しそうに朋也に向かって微笑みかける。
「ああ。これもみんな君のおかげだよ、フィル……」
朋也も微笑み返し、彼女の手を握った。そのまま見つめ合っている2人に、他の仲間たちがブーブーと文句を言う。
「ちょっと朋也、あたいたちの貢献はどうニャるわけ!?」
「そうよそうよぉ~! みんなのことすっかり忘れちゃってさぁ~!」
「ごめんごめん! もちろん、みんなのおかげだよな」
朋也があわててフォローすると、誰からともなく笑いが巻き起こった。
「プッ」
「クフフ♪」
「アハハハ!」
「フフフ……」
やっぱりフィルの笑顔が一番素敵だな……。