「あわわぁ~、紅玉が完全に再生しちゃったぁ!」
マーヤがムンクの叫びのポーズをとる。
「そんな! じゃあ、俺たちの世界は!?」
せっかく千里が助かっても、モノスフィアが消滅してしまえば、これまでやってきたことが全部無意味になってしまう……。
朋也が呆然として2つのアニムスを見つめていると、突然紅玉の中から白熱の光球が飛び出してきた。それはみるみる膨らんで翼長5メートルほどの巨大な鳥の姿に変わった。
「し、し、神鳥様ぁ~~~っ!?」
マーヤが卒倒しそうな声をあげる。滝のような涙が彼女の目からあふれだした。
「お戻りになられたのですねぇ~♪ よかったぁ~、よかったよぉ~~。うわぁぁああぁあぁああぁん!!」
「うわ、焼鳥まで復活した……。ゾンビだったのが嘘みたいだニャ~」
ミオは対照的な反応だ。聞こえてるぞ、おい。
そう……それは生命力を象徴するルビーの守護者、神鳥フェニックスだった。オルドロイの火口で遭遇した脱け殻ではない、霊力を取り戻した正真正銘の彼女だ。威厳と優しさを湛えた切れ長の目で、神鳥は朋也をじっと見つめた。
≪ヒト族朋也、案ずるには及びません。モノスフィアは無事ですよ≫
と、彼女の隣に、今度はグリーンの光がモヤモヤと渦巻き始めた。キマイラだ! さっき倒したはずなのに……。エメラルドの守護者だけあって、碧玉が消滅しない限りは彼も本当に滅びることはないのだろう。もっとも、彼の身体は透明度10%というところで、完全な肉体を保った状態には程遠かったが……。
「キマイラ!?」
彼は神鳥に補足して経緯を説明した。
≪アニムス自体は意思を持たぬ。触れる者の願いを映し、それに応えるだけなのだ。千里よ……お主の魔力によって、紅玉も碧玉も安定を取り戻した。だが、世界は何も変化しておらぬ。お主たち2人がそれを望まなかったからだ。2つの世界が失われることを……≫
≪そればかりではありません。お2人のおかげでエデンは救われました。もはやモノスフィアからの干渉を受け付けなくなったのです。モンスターの脅威もいずれ去るでしょう。エデンに住む全ての民に代わってお礼を申し上げます。ありがとう……≫
そうか、よかった……千里と顔を見合わせながら、ホッと胸をなで下ろす。
≪まったくお主たちはたいした生きものだな。余の叡智をもってしても、まさかこのような解があろうとは思い至らなかった。余もお主たちに対する認識を改めよう。もっとも、お主たちの世界の置かれた状況には何ら変わりはない。自滅するも存続するも、お主たちニンゲン次第だがな……≫
ニンゲン次第、か……。2つの世界が一大ピンチから救われたんだもの、そこまで贅沢は言えないよな。それぐらいは自分たちで何とかしなきゃ……。
≪さて、お主たちへの感謝の証として、今1度だけゲートを開こう。この地に留まるか、元の世界へ還るかは、お主たちの選択に任せる。好きにするがよい……≫
そう言い残し、キマイラの姿はスーッと消えていった。さっきまでは2つの世界をめぐって敵対関係にあったけど、そこまで配慮してくれるんなら心から感謝しなきゃな。
残ったフェニックスは、因縁の相手であるイヴをじっと見つめた。その視線には、自らを罠にはめて滅ぼそうとした彼女に対する憎悪の影は微塵もなく、深い憐憫の情が込められていた。
≪イヴ……あなたはもう自由です。ご自分を戒めから解き放ってください。どうぞ安らぎに身を委ねてください……≫
そう彼女に告げると、神鳥の身体は再びまばゆい光球と化し、吸い込まれるように天に消えていった。
フェニックスの姿を追っていた彼女の両の目から涙があふれた。イヴを縛り付けていたフェニックスの呪い──彼女をゾンビ化した禁呪の副作用から、彼女はやっと解放されたのだ。そして、彼女はその意味するところを理解したのだった。
「ああ……私、やっと死ねるのね……。憎しみからも、苦しみからも、自由になって、あの人のもとへ逝けるのね……」
肩を震わせて嗚咽する。それでも、いまの彼女の顔には復讐の情念はかけらもなく、ひたすら喜びと安らぎに満ちていた。
「イヴ……」
彼女は2人の若者のほうを振り返り、穏やかな眼差しで見つめた。
「……千里……あなたがうらやましいわ。私もあなたのように愛されたかった……。朋也のように、アダムに愛して欲しかった……。でも……あなたたちを見ていたら思い出したの。あの頃、確かに私はあの人に愛されていたことを……」
涙がポロポロと彼女の頬を伝っていく。朋也も千里も、イヴが2人に対してしたことをすべて赦す気持ちになった。
「……愛は、とても傷つきやすくて、すぐに壊れてしまうものだから、あなたたちは大切にしてね? ウフフ、最後まで愚痴ってしまったわね。さよなら、2人とも……どうか私の分まで幸せに……」
白い光がイヴの身体を包み込んでいく。天に召されゆく彼女を、2人は精一杯の笑顔で見送った。
はたして彼女は〝彼〟に会えるんだろうか? それは朋也にはわからなかった。もし会えたなら、彼女にぜひ土下座してもらいたいもんだ……。
イブの姿が白い光の結晶となって消えていくのを、2人は手をつないでいつまでも見つめていた。