戻る






 ──朋也はいま、あの日初めてこの世界に足を踏み入れたクレメインのゲートの前に来ていた。マーヤや、クルルや、フィルや、ゲドたち3人組や、エデンに暮らすみんなには、もう別れの挨拶はすませていた。ミオとも。別に何も一線を超えたわけじゃないけど、夕べのことは千里には内緒にするしかないな……。
 千里もジュディの見送りは断るつもりだと言っていた。ところが……彼女のほうはいつまで経っても現れない。キマイラの指定したゲートの開通時刻まで、もう後15分しかないのに。この機会を逃すと、神獣がゲートを貫通するエネルギーを蓄えるまで数十年、あるいは百年以上待たされることになってしまう……。要するに、事実上元の世界へ還れる最後の機会ということだ。たぶん、ギリギリまでジュディとの別れを惜しんでるんだろうが……。
 後10分。朋也はイライラしながらゲート前の階段を降りたり登ったりを繰り返した。ときどき森の外に通じる道に苛立たしげ目をやるが、彼女がやってくる気配はない。まさか、あいつ──
 後5分──。朋也は祈るような気持ちで天を仰いだ。
 と、やっと手を振ってこちらに駆け上がってくる彼女の姿が見えてきた──と思ったら……あの長い2本の耳は!?
「クルルじゃないか! どうしたんだ一体!?」
 それは、クレメインに向かう前にビスタで別れを告げてきたはずの彼女だった。
「あのね……これ、千里から……」
 クルルは地面に目を落としてソワソワしながら、封筒に入った1通の手紙を差し出した。朋也は手紙を取り出して目を通そうとした。

〝朋也へ──〟

 ……。クルルの前で読める内容じゃなさそうだな……。
 彼女もそれは察していたのだろう。悲しそうな目で朋也を見上げながら一言。
「元気、出してね……。それじゃ!」
 いたたまれないというふうに踵を返して、元来た道を引き返していく。
 彼女が道の向こうに消えると、朋也は改めて千里の手紙に目を向けた。

〝朋也へ──
手紙なんかでごめんね。あなたの顔を見ると、決心が鈍ってしまいそうだから……。私、エデンに残ることにしました。もう一通の方はうちの親に渡してね。私……ジュディを支えてあげたいの。あの子の力になってあげたい……。あなたは一人でも生きていけるけど、彼女にはやっぱり私が必要だから……それに、私も……。わがままを言ってごめんなさい。今までいろいろありがとう。私、あなたと過ごした時間を大切に胸にしまって、強く生きていきます。あなたもどうか挫けないで……。あなたのこと、好きです。ときどきは私とジュディのこと、思い出してくれると嬉しいな。でも、向こうに戻ったら、ちゃんと素敵なガールフレンドを見つけるのよ? どうか、いつまでもお元気で。さようなら。千里──〟

 朋也は手紙から目を上げた。頭の中が真っ白になったみたいだ……。呆然としながら手紙をポケットにしまいこむと、ゆっくりとゲートへの階段を登っていく。
 彼が転送台の上に上がったとき、ゲートの周囲三方に配置された転送装置がブーンと低いうなりをあげて始動した。青々とした木々の梢が連なる森をながめ渡す。その景色が次第に3色の光の中で霞んでいく。朋也は自分がいま永遠に離れ去ろうとしている世界に向かって、精一杯声を張り上げて叫んだ。
「ミオ!! ジュディ!! 千里ッ!! 元気でやれよーっ!!!」
 ついにエデンの最後の風景が白い光の中に消え去り、2度と手の届かない世界になってしまったとき、今さらどうしようもない考えがふと頭によぎった。
 俺も一緒に残りゃよかった(T_T)



the end


ページのトップへ戻る