白い閃光が収まり、朋也はゆっくりと瞼を開いた。ここは、あの日自分たちがゲートのモノスフィア側の開通口に飛び込んだニュータウン近くの雑木林のはずだ。真っ暗で何も見えないのは、単に今が夜なだけで、ワープ時の閃光のために目が慣れていないせいだろう──
と思ったのだが、周りの景色にはいつまでたっても変化がなかった。どこまでも続く真っ暗な闇。足元の地面さえ見えない。というより、足元が大地を踏みしめている感覚がない。何が起こったんだろう?? まさか、キマイラが何か計算をミスって、モノスフィアの帰還に失敗して、また別の異世界に迷い込んじゃったとか!? 叡智の神獣は、その手の事故は絶対あり得んと太鼓判を押してたはずなんだが……。
暗闇だと思われていた空間には、よく見ると紫やら緑やら血の色に似た紅い光がぼんやりと渦巻いたり、分裂や合体を繰り返しているのがわかった。さらに目を凝らすと、それらの光はどれも歪んだ人の顔のように見えた。まるでモンスターの徴である人面疽そっくりだ。な、何なんだ、ここは!?
朋也は不安になって千里の手を探り、ギュッと握りしめようとして、びっくりして手を離す。体温がまるで感じられなかったからだ。怪談じみた展開が思い浮かぶ。まさか……千里が千里でなくなってたりなんて……。恐る恐る顔をのぞき込むと、千里は17歳の女子高生とはとても思えないぞっとするような妖艶な笑みを浮かべて朋也を見上げた。
「何をそんなに驚いているの? これでやっと2人だけの世界に来れたんじゃない♪ 私たちのエデン=〝楽園〟に──」
後退って、凍りついた表情でマジマジと〝彼女〟を見る。
「お前……千里じゃない!? まさか……イヴ!!」
「やっと気づいてくれたのね? もっと早く判ると思ってたんだけど……」
それじゃあ、本物の千里の魂は、あのときイヴの身体と一緒に──
「まあ所詮、あなたたちの愛なんて、子供だましに過ぎなかったっていうことね。あなた好みの身体になってあげたんだから、むしろ感謝してくれなくちゃ♪」
稀代の魔術師イヴは、アニムス略奪に失敗した場合の次善の策として、千里の肉体を乗っ取ったうえ、ゲートを潜る機会を利用し、2つの世界の間に広がる次元の狭間に自らの世界を見出そうと企てたのだった。何者にも邪魔されない、アダムの現身との2人だけの世界を……。
千里/イヴは、うっとりとした眼差しで朋也の手をとった。
「さあ、これから私が本物の愛をあなたに教えてあげる。時間はたっぷりあるわ♪ 楽しみましょう、永遠に……」
眩暈を覚えてその場に倒れこむ。自分の頭の中までこの暗黒世界の暗闇が覆い尽くそうとしているようだった。薄れゆく意識の中で、ただイヴの勝ち誇った高笑いだけが、耳の奥にいつまでもこだまし続けた──
the end