俺たちが家に戻ってみると、案の定、行方不明になってから1カ月が経っていた……。俺はこっぴどく叱られたけど、千里は開き直って強引に駈け落ちってことにしてしまった。2人は公然の仲となり、卒業もそこそこに籍を入れた。
俺は警備関係の仕事に就いて家計を支えることにした。スキルも魔法も使えなくなりはしたが、エデンで鍛えられたのはあながち無駄じゃなかった。千里は通信教育を受ける傍ら、ライターのバイトをしたりして、作家の道を目指して猛勉強している。エデンでの出来事を物語に書くのが夢だという。ただし、主人公は俺がモデルじゃなくて、イヌの女の子を想定してるらしい……。
そんなこんなで、忙しなくもそこそこ幸せな時を送っていたある日のこと──
仕事休みの日、朋也はジェミニとジュリーを連れて散歩にでも行ってこようと玄関を出た。ちなみに、うちに来る子は基本的に頭にJが付く名前を授けるのが仕来りになっている……決めるのは千里だけど。何気なく郵便ポストに目をやり、誰かの手紙が来ていることに気づく。
手にとって裏面の宛名に目をやり仰天した。
「た、たた、た、大変だ、ち、ち、ちち、千里っ!!!」
あたふたしながら家に駆け込むと、彼女はちょうど欠伸を噛み殺しながら階段を下りてきたところだった。そういや、夕べは締め切りだったからな……。
「どうしたのよ、そんな大きな声出して……」
「ミオから手紙が!!」
目を真ん丸くして駆け寄ってくる。眠気も吹っ飛んだみたいだ。
「嘘!? 読んでみてっ!!」
朋也はミオから送られてきた便箋の封を切り、手紙を開くと声に出して読み始めた。
〝Hi♥ 朋也、千里、元気してる? キマイラが翻訳機構を改良する新しいプロトコルを作成してね。いまではあたいたちはみんニャ、どんニャ文字でも操れる言語のエキスパートにニャッたんだニャー♪ それと、マイクロゲートが発明されて、文通程度だったら小コストでモノスフィア-メタスフィア間のやりとりができるようにニャッたのよ。裏に宛先があるから、気が向いたら返事ちょーだいネ♪〟
……。2人は顔を見合わせた。信じがたい話ではあったが、ここまで事情を知っている以上、本物の彼女からの手紙であることを疑う理由はなかった。どうでもいいことだが、手紙でまでどうして「な」を「ニャ」とわざわざ書き直してるんだろうな? それにしても、一体宛先に「エデン」と書いて、郵便局が配達してくれるんだろうか?? 続きに入る。
〝それはさておき、ビッグニュース! ニャンとジュディが結婚したの!! ジャジャ~~ン! ちなみに、相手は……ご想像にお任せするニャ~。ハァ、まさかあたいがバカイヌに先を越されるとは思わニャかった……。ま、あたいは好みにうるさいし、トラやカイトや、朋也みたいニャイイ男はニャかニャか見つからニャイからしょーがニャイけど……。朋也をそっちに帰したのはつくづく失敗だったわ。ニャンチャッテ♥〟
ジュディが結婚かあ……。やっぱり相手はイヌ族なんだろうか? 想像に任せるってことは俺の知ってるやつか? ゲドとジョーくらいしか思い当たらないが……。さらに先を読む。
〝続けてビッグニュースその2! ジュディに子供が生まれたのヨ!! 気の早いこと……。しかも5つ子! 写真を同封するから見てネ♪ しゃくだけど‥コロコロしててすっごくカワイイ♥ 食べちゃいたいくらい(ウソヨン) ジュディは今育児でてんてこまいだけど、自分でも千里に宛てて手紙出すって言ってます。筆不精だからいつのことにニャるかわかんニャイけど……。それじゃ、また近況を送るわ。そっちでもbabyが生まれたら教えてネ♪ Sincerely ──ミオ〟
手紙を閉じるとハアッと溜め息を吐く。
「写真、見せて見せてっ!!」
千里が封筒を強奪し、奥に挟まっていたプリント写真を取り出す。向こうにカメラなんてあったかなあ?
「キャアアァァーーッ!! カ・ワ・イ・イ~~~♥♥♥ もう駄目、可愛すぎて私、死んじゃう~~~っ!!!」
写真をギュッと抱き締めながら、クルルみたいにピョンピョン跳びはねてる……。
大げさな……。どれ? 朋也ものぞいてみる。5人の赤ちゃんのうち2人を抱えて一緒に写っていたのは旦那ではなくミオだった。死ぬほどではないが、確かにカワイイ。ジュディのやつ、ホントに幸せそうだな。それにしても、こっちの男の子の顔はどっから見てもビーグルだ。てことは、やっぱり──
「よし、朋也っ!! 私たちも頑張るのよっ!!」
千里が腕組みして宣言した。
「が、が、頑張るったって……5人も、か?」
朋也がタジタジになって聞き返すと、千里は彼を無視して家を振り返り、間取りのチェックでもするように眺め回した。
「ううん……うちの庭じゃ小屋を置くにも後2つが限度だし、家の中はネコ部屋と分けないと……」
そうして再び朋也に向き直り、指を突きつける。
「朋也! 今より広い家と土地が要るわ! しっかり働いてガンガン稼いでちょーだいねっ!」
そう言うと、彼女は意気揚揚と引き揚げていった。
なんだ、そういうことか。ホッとしたような、ガッカリしたような……。これじゃ、お返しの写真を送れるのは当分先の話になりそうだな。
朋也はもう1度ジェミニとジュリーを連れて外へ出ると、抜けるような青空に浮かぶ白い雲をながめた。この空のどこかから彼女たちの世界につながってるのか……。もう2度と会えないものと思ってたけど、この分だと意外に早く再会できるかもしれないな。
それにしても……ミオ、ジュディ、本当に2人とも元気そうでよかった──
fin☆