しまった、逆効果だったか……。でも、本当にどうすりゃいいんだ!? 俺も泣きたいよ。
と、アニムスが再び明滅を始める。エネルギーの供給がまた始まってしまったのだ。赤と緑の光は彼女の金色のオーラと混じり合い、全体が銀色の輝きに変わっていく。
頭を抱えてうずくまるようにしていたジュディの身体に痙攣が走る。朋也の掌がじっとりと汗ばんだ。声も出ず立ち尽くす彼の前で、ジュディの姿が変貌していく。全身に無数の毛が生えそろい、一回り大きくなった姿は、まるで狼男だった。身体のラインは辛うじて女性のそれを保っていたが。グレーの髪は鬣のように伸び、顔立ちも前駆形態のそれになる。ワーウルフ──それは、超人的な身体能力と引き換えに、意思による制御を失いバーサーカーと化してしまう、アニムスの力を得て初めて発現するイヌ族の究極スキルだった。
「GALLLLL!!」
もはや人語にあらざるうなり声を上げ、朋也に飛びかかってくる。彼女の武器はいまや剣ではなく、何者をも引き裂く鋭い爪と牙だった。さすがに剣で受け止めることはできないと、朋也はとっさに左腕をかざして頭をかばった。2センチを越える鋭い犬歯が、深々と突き刺さり血飛沫が飛び散る。マスチフメイルは腕の部分も覆っているはずなのに、それさえ防御の役に立たなかった。
「ぐあああっ!!」
朋也は激痛に悲鳴をあげて身をよじった。
「アイヴィ!!」
フィルが相手の動きを封じる特殊スキルを放つ。その間に朋也は必死に身をふりほどいた。だが、ワーウルフ・ジュディの怪力は樹族の鎖をあっさりと断ち切ってしまった。
「砂かけニャニャア!!」
解説すると、≪砂かけニャニャア≫とはネコ族のスキルの一種で、トイレの砂を投げつけて相手の視界を奪うという目潰し技である。比較的すぐに身に付けられる初歩のスキルだが、ミオが行使するところは1度も見たことがない。たぶん、あまりにみっともないので使う気がしなかったのだろう……。それだけ背に腹は替えられない状況だったわけだが。
「朋也っ! 今のうちにあの子の盾を拾って!!」
目潰し効果が効いているうちに、朋也はダッシュして彼女の落としたバーナードの盾を拾った。目に入った砂(……)がとれたらしいジュディは、血走った目でミオたちのほうを振り向いた。
「ひっっ!」
女の子たちは声にならない悲鳴をあげてすくみ上がった。いつも仲があまりいいとはいえない(というか、主にマズイビスケットを理由にミオが一方的に嫌っている)ミオとクルルが抱き合ってブルブル震えてる。ジュディは1跳びで10メートルもジャンプして彼女たちに襲いかかろうとした。
「バンブーサークル!!」
1人冷静さを見失っていないフィルが、間一髪で強靭な緑の柵を築く。本来この技は相手を閉じ込めて隔離するものだが、今はパーティーの周りにはりめぐらせてバリアの代用にしたのだ。
「朋也さん! 部分的にシールドを解除しますから、その隙に中へ!!」
「駄目だ! いいかみんな、絶対に外へ出るなよ!」
アイヴィがもたなかったことを考えると、バンブーサークルでも完全とはいえないだろう。仲間を護るためには自分が囮になるしかない。バーナードの盾さえあれば、彼女の攻撃がいかにすさまじいパワーでもかろうじて防げるはずだ。
「ジュディ! こっちだ!!」
竹の柵にしがみついて食い破ろうとしていたジュディは、すぐにミオたちから朋也に目を向け飛びついてきた。朋也の思ったとおり、いまのジュディの鋼のような爪と牙をもってしても、鉄壁を誇るバーナードの盾を打ち破るには至らなかった。
だが、彼女は何度弾かれても執拗に食い下がってくる。物理攻撃が無駄だとわかれば特殊スキルや魔法で打開するといった発想も浮かばないようだ。実際、このうえフルムーンのスキルなどをかけてパワーアップされたら、最強防具ですら身を護ることは覚束なかったろう。成熟形態らしい理性も失い、ひたすら血に飢えた捕食者のように意味もなくひたすら攻め続ける。
ジュディ……そんなに盾にかじりついたり殴ったりしたら、自分の口が、爪が、痛いじゃないか……。千里を喪ったことの痛みに比べればまだマシだっていうのか?
阿修羅のような形相のジュディの顔を盾の影からのぞき込む。その目は──泣いていた。
「UGAAAA!!」
突然、ジュディが頭を抱えてもがき苦しみ始めた。朋也はハッとなって自分の身の危険も顧みずに駆け寄った。
「ジュディ!?」
全身にまとわり付いていた金色のオーラが薄れ始める。ほどなく、ジュディの変態は解けた。ワーウルフの効果が切れたのだろう。
彼女はしばらく喘ぐように息をしていたが、ゆっくりと起き上がろうとする。
朋也が助け起こそうとして手を差し出すと、彼女はその手を払い除けた。ヨロヨロと自力で立ち上がり、きっと朋也をにらみつける。
「ご……ご主人……サマを……返……せ……」
彼女は剣を拾い上げて、よろめきながらも再び構えをとった。
「まぁだやるのぉ~!?」
ミオがげんなりした口調で言う。
「ジュディも可哀相だけど、このままじゃ朋也が可哀相だよ!」
クルルが彼の身を案じて心配そうに口にする。
そのとき、アニムスが3度目の明滅を始めた。ルビーとエメラルドから発する光は振動を繰り返しながら、ジュディの身体に向かって流れ込んでいく。
くっ……どうなってんだ!? 朋也にはまるでアニムスが邪悪な意思を持ってでもいるかのように思えてきた。千里の命を奪っただけでなく、ジュディを延々と苦しめ続けようとするなんて……。
クルルの言ではないが、確かに朋也ももうさすがに限界だった。さっき噛まれた左腕の傷が痺れたようにうずき、思うように上がらない。気の済むまでやらせるつもりでいたが、このままじゃこの無益な戦いは朋也が彼女に殺されるまで果てしなく続きそうだし……一体、どうすりゃいい!? どうすりゃ……。
「朋也さん。アニムスからエネルギーが流入し続ける限り、彼女も正常に戻らないでしょう。とすれば、やはり元を断たなくては……。アニムスはどうやらジュディさんの怒りと悲しみの感情に呼応しているようです。ここは一か八か、私たちの手でアニムスを制御下に置くしかないのでは?」
なるほど……確かに、フィルの提案する方法しか事態を打開する道はなさそうだが……。
「……今そんなことしたら、返ってジュディの身が危険なんじゃないか?」
朋也が不安を口にすると、彼女も下を向いて言葉を濁す。
「それは……確かにその可能性もありますが……」
「でもぉ、そうは言っても、他に方法がないわよぉ~?」
*選択肢 仕方がない 彼女の痛みを受け止める