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 エデンが救われ、モノスフィアも消滅せずに済み、千里も生き返った。自分はジュディと結婚にまで漕ぎつけて……何もかもが順調にいっているように見えた。千里とジュディの2人が別々の世界に赴き、2度と会うことができなくなるという事実から目を背ける限り……。
 朋也はつい先日の彼女との死闘を思い起こした。ジュディがあそこまで絶望に身をやつしたのは、千里が彼女にとって、誰よりも、何よりも、かけがえのない存在だったからに他ならないではないか? しかし、千里との別離は、2人にとってお互いの死の宣告と実質変わりないのだ。
 一体、彼女の幸せとは何だろう? 彼女と──それも成熟形態の彼女と──一緒にいたいという身勝手を押し付けていいのか? 少なくとも、自分がモノスフィアに帰れば、彼女と会えなくなるわけじゃない。たとえ以前のヒトとイヌの関係に戻ってしまうとしても……。
 この間ずっと自問し続けてきた問いではあったが、同じように悩み続けてきたであろう彼女が、直前になってここまでうろたえるのを目にすると、彼女の幸せを自分に都合よく解釈するわけにはいかないという気持ちが強くなってしまう……。
 朋也は彼女に背を向け、声を絞り出すように告げた。
「……ジュディ……やっぱり……やっぱり、千里と一緒に元の世界へ帰ろう!!」
 ジュディはびっくりして振り返った。
「!? 何言ってんのさ! 向こうへ帰ったら、ボク昔の姿に戻っちゃうんだよ!? 朋也と愛し合うこともできないんだよ!? 朋也……ボクのこと、嫌いになったの!?」
 怯えたように声を震わせる。
「だったら、何でボクと結婚したのさ!? 朋也のバカッ!!」
 戦慄くように怒鳴ると、ダッと駆け出して階段を下りていく。
 ちょうど入れ替わりにミオがやってくるところだった。ぶつかるほどの勢いですれ違ったジュディを、驚き呆れた目で追い、続いて朋也のほうを振り向く。
「にゃあに? 新婚早々夫婦ゲンカ?? あっきれちゃうわねぇ……」
 両手を投げ出すジェスチャーを交えながら首を振る。
 朋也が何も答えずにそっぽを向いてしまうと、ミオは小声でボソッと呟いた。
「……まったく、人の気も知らニャイで。あたいだって、ホントはあんたのこと──」
「え?」
「ニャ、ニャンでもニャイわよっ! ともかく、早く仲直りしニャさいよね!?」
 朋也はふと、自分の家族であり、ジュディの親友でもある彼女なら、相談に乗ってくれるのではないかと思い直し、打ち明けることにした。
「俺……ジュディの気持ちはわかってるつもりだから。あいつはこれまでずっと千里の側で生きてきたろ? 2人は言ってみりゃ一心同体みたいなもんだ。あいつにとっては、千里抜きの人生なんて考えられないんじゃないかって……。俺、ジュディのこと、好きだけど……千里がいなくても、はたしてあいつを幸せにしてやることができるんだろうか?」
 手すりに肘を乗せ、両手に顔を埋める朋也に、ミオはいつものように茶化そうとせず、真面目な口調で意見を述べた。
「……あんたと千里、どっちも択ることはできニャイってことぐらい、あの子だってわかってるのよ。でなきゃ、最初っからあんたとの結婚にウンて言うわけないでしょ? あたいだって反対してたわよ。今のジュディにとってはあんたが一番ニャンだから、しっかりしニャよね?」
 どっちも択ることはできない、か……。彼女も相当の覚悟を決めたうえでOKしてくれたんだよな。だからこそ、あんなに怒ったんだよな……。ミオの言うとおり、ホントに俺がしっかりしなきゃ……。
「……ああ」
 うなずくと、あらためてミオに感謝の意を述べる。やっぱり相談してよかった。
「ありがとう、ミオ……」
「エヘヘ」
 ミオははにかみながら微笑んだ。次の瞬間、ちょっぴり悲しそうな目をして朋也の顔から目を逸らす。
「……」
 彼女の心にある重大な決意が芽生えたのを、このときの朋也は知る由もなかった──


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