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 何を思ったのか、ミオはゲートに向かって階段を登り始めた。予想もしない彼女の行動に、千里もジュディも一瞬泣くのを忘れ、ポカンとする。呆気に取られて3人が見つめる前で、千里の隣に並んで腕を組むと、ミオはジュディに向かって言った。
「バカイヌ! 千里の面倒ニャらあたいがみたげるから、心配ニャンて要らニャイわよ」
「ミオちゃん……」
 千里は目を閉じて彼女の肩にもたれかかった。
「ありがとう、ミオ! お前、なんていい奴なんだ! 愛してるよっ!!」
「気持ち悪いからやめてよ……」
 3人がいっぺんにいなくなって千里が寂しい思いをしないか、というのがジュディの最大の懸念だっただけに、彼女がそばにいてくれるのはありがたいが……。
「本当に、いいのか? ミオ……」
 彼女は後悔することなんて何もないと示すように、肩をすくめて気取ってみせた。
「あたいは別に平気よ。どっちの世界にいようと、あたいはあたいだもの……。それに……ホント言うと、あんたたちをそばで見てたら妬けちゃうし、ね」
 ミオのやつ……。朋也はなんと言っていいのかわからなかった。もしかして、ジュディに夢中で彼女のことを傷つけちゃってたのかなあ? ジュディの悲しみが減った分、今度は朋也にとって家族と永遠に別れる悲しみが増えることになってしまった。今はただ、彼女が幸せな人生を送ってくれるよう祈るばかりだった。
「千里、ミオのこと、頼むな?」
「ええ、もちろん♪」
 千里は心安く請合ってくれた。彼女だったらもちろん何の心配も要らないだろうけど。
「よろしくね、ミオちゃん!」
「ま、フラレた者同士、仲良くやりましょ♪」
 エデンではしばしば〝戦争〟を引き起こして仲間にまで被害を及ぼしてた2人だが、コンビを組んだら最強タッグだよなあ……。向こうに帰っても、きっとうまくやっていってくれるだろう。2人のやり取りを聞いていたジュディが、そこでびっくりして尋ねる。
「えっ!? ひょっとしてご主人サマも、本当は朋也のこと、好きだったの??」
「ううん……」
 千里は少しためらってから答えた。オルドロイでは彼女に気兼ねしてごまかしたが、もう時効と踏んだんだろう。
「ま、ジュディほどじゃないけどね」
「いい? あんたはとっても罪作りニャ女ニャンだから、自覚しニャさいよ!? 朋也をいじめたら承知しニャイからねっ!?」
「う、うん、わかった……」
 ジュディは神妙な顔つきでうなずいた。
「朋也も、ジュディを泣かせたら許さないわよ!?」
「ああ。大切にするよ……」
 いつまでも話していたいのは山々だったが、ついに時間が来てしまった。ゲートの三方に置かれた転送機が低い唸りを上げ、2人に向かって3原色の光の網を投げかける。
 不意に、ミオの身体が紫色に輝き始めた。数秒後そこにいたのは、家出したときのままの姿の彼女だった。神獣の加護の効力が切れたのだ。ミオはジャンプして千里の胸に抱っこしてもらうと、澄んだグリーンの瞳で朋也をじっと見つめた。
 朋也は胸がいっぱいになった。そして、ジュディも。
「ご主人サマ……世界中でたった1人の、大好きな、ボクのご主人サマ……」
 まだ目が開いて間もない頃に、千里と出会ってからの日々が、走馬灯のように鮮やかに思い起こされていく。河原でフリスビーを教えてもらったときのこと──空中でキャッチしないで落ちるのを待ってたもんだから、呆れられちゃったよなあ。忍耐強く付き合ってくれたけど、結局覚えられなくて、フリスビー拾いごっこで終わっちゃったっけ……。買物に連れていってもらったこと──途中ヘンなおじさんに傘で殴られて悲鳴をあげたら、ご主人サマ猛烈に怒って、自分の危険も顧みないで思いっきり蹴飛ばして追っ払っちゃったんだよなあ……護らなきゃいけなかったのはボクのほうだったのに。造成地に積もった雪を初めて見せてもらいにいった日のこと──鼻が触ったらひんやりしてびっくりしちゃった。でも、きれいだったなあ。雪の上にいっぱい足跡付けて、雪合戦して、あの日はたっぷり遊んだよなあ。あの後、ボクお腹痛くなっちゃって、ご主人サマはボクのこと心配して、ご飯も抜きでずっと付き添ってくれたんだ。ベッドのシートを汚しちゃっても少しも怒らないで、ただギュッと抱きしめてくれた……。ボクは、この人に〝ご主人サマ〟に、いつまでも、どこまでも、ついていこうって、心に誓ったんだ……。毎日、声で、匂いで、手で、目で、ボクのこと大好きだと言ってくれた……ご主人サマ……。
「……素敵な思い出を、たくさん……たくさん、ありがとう!! ボク……ご主人サマのこと、ずっと、死ぬまで忘れないよっ!!」
 千里も、とめどなく流れる涙を拭いもせず、瞬きする時間も惜しむように、真っすぐジュディの目を見つめる。
「ジュディ……私のジュディ……。私も、忘れない……。あなたと過ごしたかけがえのない時間、一生の宝物にするね……。どうかいつまでも元気で……さよならっ!!」
「ニャアッ!!」
 3原色の光が溶け合わさり、ついにまばゆい白い輝きとなって千里とミオを飲み込んだ。
 光が収まったとき、2人の姿はどこにもなかった。空っぽになったゲートの上を、一陣の風が吹き抜ける。森の中は何事もなかったかのようにひっそりと静まり返っていた。
 ジュディは目を閉じて朋也にもたれかかった。朋也は彼女の柔らかなグレーの髪をそっとなでてやった。
「……行っちゃったな」
「うん……」
 しばらく2人は、涙が枯れるまで抱き合ったままその場を動かなかった。彼女がようやく落ち着いて来ると、朋也は促すように言った。
「俺たちも街に戻ろうか」
「うん……」
 手を取り合って森の小道を抜けようとしたときだった。不意にガサッという音がして、茂みの中から大きな黒いイガグリのような物体が飛び出してくる。しかも集団だ。刺の根元には奇怪な人面疽が冷たい笑みを浮かべている。愛嬌のある目だったら、アニメに登場する善良な妖怪に似てそうだが……。
 2人はただちに互いの背後をかばいながら応戦態勢に入った。
「こいつら……モノスフィアの影響がなくなったって言っても、残ってる連中はいくらでも住民を襲ってくるみたいだな……」
 朋也はそこでふと思いついたことを口にしてみた。
「どうだ、ジュディ。街のみんなが安全に暮らせるように、しばらくモンスター退治でもして食ってくってのも、悪くないと思わないか?」
「いいね♪ それだったら、ボクたち2人が組めば恐いものなんて何もないもんね」
「頼んだぜ、相棒!」
 ホントに頼もしい限りだな。ジュディは1つ息を吸いこんでウニモドキをにらみつけると、斬りかかっていった。
「さあ、かかってこい!!」



fin☆


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