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 ジュディはダッと飛び出していった──驚きに目を見張っている千里のもとへ。列車の通過直前、この先永久に交わることのない線路のポイントを、彼女はギリギリで切り換えたのだった。
「ご主人サマーーッ!!!」
「ジュディーーッ!!!」
 2人がひしと抱き合う。もう2度と互いのことを離すまいと。
 そのとき……ついに時間が訪れた。ゲートの三方に置かれた転送機が低い唸りを上げ、2人に向かって3原色の光の網を投げかける。不意に、ジュディの身体が金色に輝き始めた。数秒後、千里の首にしっかりしがみついていたのは、前駆形態の姿に戻った彼女だった。神獣の加護の効力が切れたのだ。
 まるでスローモーションのように展開される目の前の出来事を、朋也はただ呆然と見送るばかりだった。
「ともやぁ~……」
 10年付き合っていて1度も見せたことのないほど情けない顔で、千里は恐る恐る朋也の顔色を伺うようにこっちを見た。
「堪忍~~」
 両手を頭上で合わせ平謝りに謝る……。朋也はやっと我に返ったように、ゆっくりと手を挙げるとうなずいた。
「……千里、ジュディのこと、頼むわ……」
 そして、悟りきったようにジュディに向かってかすかに微笑む。
「ジュディ……。達者でな」
「クゥ~~ン……」
 ジュディはダークブラウンの円らな瞳に朋也の姿を刻み込もうとでもするように、真っすぐ見つめ続けた。
(ジュ・ディ!)
 こっそりミオが彼女に呼びかける。ジュディはミオに視線を移した。ミオは指で自分の鼻をトントンと指してから、上目遣いに隣で立ち尽くす朋也のほうを見上げるとウインクしてみせた。
(彼の面倒はあたいがみたげるから、心配しニャさんニャ♪)
「ワンッ♪」
 元気よく吠える。
 そうこうするうちに、3原色の光が溶け合わさり、次第にまばゆい白い輝きとなって千里とジュディを飲み込み始める。
「2人とも、元気でね! さよなら!!」
「アオオオーーーン!!!」
 ジュディの遠吠えが、クレメインの森にこだました。
 光が収まり、空っぽになったゲートの上を、朋也は腑抜けになったように呆然と見つめ続けた。
「……新妻に逃げられたわね」
 ミオが単刀直入に表現する。式の翌日、24時間経ってない。こういうのを成田離婚というのだろうか? ひょっとしてギネス記録だったり……。
「……仕方ないさ。俺が間違ってたんだ。千里がいなくてもジュディが幸せになれる、俺の手で幸せにできる──なんて、自惚れてたよ……。でも──」
 今頃になって涙がこみ上げてくる。そんな朋也の様子を見越して、ミオが両腕を広げてきた。
「よしよし、肩でも膝でも貸したげるから、好きニャだけお泣き」
「ミオ~~~ッ!」
 朋也は彼女の言葉に甘え、肩を貸してもらうと、男泣きに泣いた。ミオは背中に手を回してさするように慰めてくれた。しばらくそうやって泣いているうちに、ようやく気分が落ち着いてくる。
「どう? 少しは気が晴れた?」
「うん……ありがとう、ミオ……」
 感謝の意を示しつつも、ついため息が漏れてしまう。
「はぁ……」
 がっくりと肩を落としながら、朋也は森の出口に向かう小道をトボトボと歩いていく。
「……ま、気長に待つとするかニャ♪」
 しばらく朋也の後ろ姿を目で追っていたミオは一言つぶやくと、すぐに彼に追い着こうと速足で駆け出した。



the end


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