あの日初めてこの世界に足を踏み入れたクレメインのゲートの上で、朋也は開通の時刻を待っていた。マーヤは、やっぱり見送りには来てくれないようだ。怒ってるんだろうなあ、きっと……。彼はもどかしかった。このままお別れの言葉一つ告げられずに離れ離れになっちゃうのかな? いまでも彼女のことを好きな気持ちは何も変わっていない。いや、むしろ募っていた。彼女の声が聞きたい。彼女の顔が見たい。最後に、一目だけでも──!
キマイラの指定したゲートの開通時刻五分前──。朋也がソワソワとゲートに通じる森の小道の上に目をやっていたとき、彼は目の端で何かが動いたのに気づいた。道ではなく、森の木々の下生えの間だ。彼が身体をそちらに向けて目を凝らすと、木の幹の陰に隠れるようにしてオズオズとこちらの様子をうかがう彼女の姿が目に入った。
「マーヤッ!! 来て、くれたのか!」
驚いたことに、彼女の体長は一番最初に出会ったときの七十センチほどに戻ってしまっていた。どうしたんだろう……妖精長の地位を辞退してしまったんだろうか?
マーヤは朋也の顔を見てボロボロと涙を零しながら言った。
「ごめんなさい、朋也ぁ……あたし……自分を捨てられなかったのぉ……」
自分を捨てる? 彼女の言おうとしていることは朋也にはよく理解できなかったが、それでも彼女をなだめるように穏やかな声で答える。
「マーヤ……いいんだ……それで、いいんだよ……やっぱり自分は大切にしなくちゃ、ね?」
「朋也ぁ……あたし、あなたのこと好きだって言ったの、嘘じゃないんだよぉ……本当なんだよぉ……」
マーヤの嗚咽はますます激しくなる。
「ありがとう、マーヤ。俺も好きだよ。君のこと、いつまでも忘れないから……」
彼はもう二度と会うことのできなくなる愛らしい妖精の姿を目の奥に焼き付けるように、彼女をじっと見続けた。できれば笑ってる顔を見たかったけど……。
「朋也ぁ……」
ゲートの周囲三方に配置された転送装置がブーンと低い唸りをあげて始動する。お互いの姿が三色の光の中に霞んでいく。エデンに迷い込み、彼女に出会ってからの出来事が朋也の瞼の裏に鮮やかに浮かんでくる。冗談はよーせーなんてオヤジギャグに笑い転げたり……二人で一緒にモンスターアリ退治をしたり……ビスタの街の酒場では酔っ払って大変な目に遭ったっけ……。神獣のスパイとみんなに疑われて辛い目に遭わせたこともあったな……。ディーヴァやキマイラと対決したときは、華奢な身体からは想像できないほどの力と勇気を見せ付けてくれた。フェニックスの里を、フューリーを、そしてこの世界までもたった一人の力で救ってしまうなんて、本当にすごいや……。おっちょこちょいで、おしゃべりで、とてつもないパワーを秘めたその素晴らしい彼女が、自分のことを好きだと言ってくれたのだから、自分のためにこうして泣いてくれるのだから、せめて彼女との思い出をしっかり胸に刻み込んで、死ぬまで忘れないようにしよう……。本当はずっと側にいたかったけど……。
「さあ、もう時間だ。元気でな……たまには俺のことも思い出してくれよ? 後八百年と言わず、俺が生きてる間くらいでいいからさ♪」
「朋……也ぁ……」
一陣の光と風を残して、朋也は元の世界へ旅立っていった。何事もなかったかのようにひっそりと静まり返るクレメインの森に、迷いを振り切れなかった一人の妖精の泣き声だけが響き渡った。
「……ウ……ヒク……ウワアアァァァアアァアァアァアア~~~~~~~~~~~~ッ!!」
the end