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 俺たちの世界へやって来たマーヤは、動物たちの幸せのために働きたいという当初の希望を叶えるべく、早速獣医師の免許を取った。妖精の間では落ち零れ扱いされてた彼女だが、もともと動物に関する知識と意欲にかけては誰にも引けを取らなかったので、難関もあっさり突破することができた。もっとも、いろいろ紆余曲折があり、裏で奔走した朋也も心労が耐えなかったし、彼女は蜂蜜サワーの消費がこの時期著しく増大した(酒癖の悪さは相変わらずだったので出来る限り控えて欲しかったんだけど……)。
 そんなこんなでつい先日、街中で病院の開設にこぎつけた。病院の名称でもすったもんだあったが(相変わらずプリチ~だのハニーだの付けたがるし……)、結局エデン動物病院に落ち着いた。千里とジュディは今では特別待遇のお客様だ。ミオは病院の美猫看板娘。ちなみに、これは内緒の話だが、実はマーヤはフューリーの妖精長としての特権を最後に行使して、ミオとジュディのテロメアを操作し、二人の余命を後二十年延ばしたのだ。キマイラも今回限りということで大目に見てくれた。でもって、俺は看護士&会計係……。とりたてて営業はしなかったのだが、エデン動物病院の美人(自称)の先生の評判はあっという間に広まった。何しろビスタの救護センターで一世紀難民の相手をしてきた彼女のことだ、そこらの獣医の腕でかなうわけがない。魔法はモノスフィアに来て使用できなくなったが、ヒーリングのスキルはまだ少しだけ使うことができた。よっぽど重篤な患者に対してこっそり使うことしかしなかったけど。語尾が伸びる癖だけは、今になってもちっとも抜けずにいる。この先生はひょっとして足りないんじゃないかとお客に思われると困るから治せと、散々言い聞かせてるんだが……。
 表向きは正規の診療報酬を受け取る美人(あくまで自称・・)開業医となったマーヤだが、夜に店を閉めてからも彼女の活動は続く。拠点に出向いてノラたちにご飯をやったり、街をパトロールして捨てられた子を介抱したり、近所のネコおばさんちへ無償回診に回ったり……。俺の……そして、この世界に生きる生命のために、彼女は八百年の余命を投げ捨てた。その分を埋め合わせるかのように、その華奢な身体からは想像できないほどエネルギッシュに、彼女は今日も働き続ける……。
 今の俺には、マーヤを傍らで支えてやるのが精一杯だが、彼女といると、俺も自分が生きてるってことを実感できる。誰かを生かすために生きる人生ってのも、悪くないよな?
 マーヤは千年の寿命も霊力も失ったけど、ニンゲンとすっかり同じわけじゃない。もっとも、DNAの精密検査でも受けない限りバレる心配はなかったけど……。失ったものの代わりに得たものもある。その気になれば彼女は子供も産める身体になった。でも、俺たちが子供を持つことはたぶんないだろう──少なくとも、ニンゲンの子供は……。
 
「先生、ありがとうございました」
「ワンッ!」
「お大事にねぇ~♪」
 今日はマーヤの誕生日だ。彼女も自分がいつ生まれたのか正確なところは知らないので、彼女がニンゲンに生まれ変わり、この世界へやってきた日を便宜上誕生日と決めたんだけど。時間外の急患が入ったため、一時間遅れで、朋也たちは二人だけのささやかなパーティを開いた。
「さあ、ちょっと遅れちゃったけど、パーティを始めようか? 千里が差し入れてくれたケーキがあるんだ♪」
「ほんとぉ? わぁぁ~い♪ 後でお礼の電話しなくっちゃねぇ~」
 診療所とくっついている自宅に戻りがてら、ウキウキした様子の彼女を見ながら、朋也はほくそ笑んだ。さあ、彼女の驚く顔が楽しみだ♪
 リビングと一緒になった食堂に入り、早速テーブルの上の目当ての代物に目を向けた途端、マーヤは固まった。
「……何よぉ、この巨大な二本のロウソクはぁ??」
 十インチサイズのスポンジケーキの上には、太さが五センチ以上ある巨大なロウソクが二本立っていた。ミオがすました顔でソファに寝そべり顔を洗いながら、ときどき彼女の反応をチラチラとうかがっている。
「さすがに二百本は乗り切らないだろ? だから、一本で百歳分♪ てことで、二百歳おめでとう、マーヤ!」
 用意していたクラッカーをパアンと鳴らす。
 マーヤは頭上からヒラヒラと舞い落ちる色とりどりの紙片を頭に被りながら、しばらく言葉もなくロウソクの間に蜂蜜で描かれた"happy birthday, 200 years old"の文字を眺めていたが、やがてムスッとした声で言った。
「二百歳じゃないもん、三歳だもん!」
「三歳は無理があるだろ、三歳は……。素直に二百歳を祝おうよ?」
 せっかくケーキを心待ちにしていた気分を台無しにされたマーヤは、烈火のごとく怒りだした。いきなり二本のロウソクをむんずと掴むと(火傷するって)、火がついたまま振り回して殴りかかってくる。
「朋也のヴワァアァァアアアァアアァアクワァァアァアアアァアアーーーーーッッ!!!!」



fin☆


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