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 アニムスをめぐる騒動が一件落着し、エデンに腰を落ち着けて気ままに暮らすことに決めたミオや、元の世界に還ることにした千里とジュディに別れを告げ、朋也とクルルはハネムーンに出かけた。2つの世界はどちらも安泰……これから始まる2人の新生活……今はただ幸せだった──

 クルルはホテルのスイートルームのベッドで、傍らで眠る朋也の寝顔をじっと見つめていた。幸せでいっぱいのはずなのに、なぜか胸の奥がざわめいて寝付かれない。
「!?」
 不意に部屋の一角に青白い輝きが表れ、人の形を取った。クルルはガバッと身を起こした。あれは──自分!?
「〝クルル〟じゃないの!? 一体どうしたの!?」
 サファイアの神獣の人格は完全に消滅したわけではなかった。彼女の姿はホログラフのように全身がぼんやりと透き通り、ほとんど消え入りそうだったが……。
 彼女は自らが15年宿主としてきたもう1人の自分を辛そうに見つめた。
≪クルル……あなたにお願いがあります。あなたがせっかくつかんだ幸せを壊したくはないのだけれど……≫
「いいから、話してっ!」
≪モノスフィアの動物たちの悲鳴がますます大きくなっているのです。そのうえ、ヒト族同士で新たな殺し合いまで始めてしまいました。サファイアの力では膨れあがる負のエネルギーをこれ以上抑えることができない……。このままでは、エデンは遠からず再びモンスターであふれ返ってしまうでしょう……≫
「どうすればいいの!?」
 身につまされる思いで真剣に尋ねる。神獣クルルは、さらに憂いを湛えた目でクルルを見ながら頭を下げた。
≪あなたに、向こうの世界へ行って欲しいのです……。私はモノスフィアの事象に直接干渉することができない……ゲートも閉じられてしまった。後は……あなたに私の力を授け、モノスフィアへ送り込む以外に方法がないのです……≫
 クルルはじっと胸に手を当てて考えた。彼女の依頼を引き受けることは、エデンを離れることを意味する。永久に……。でも……彼女にはやっぱり、誰かの不幸に見て見ぬふりをして自分だけが幸せになることは選べなかった。
「わかった……クルル、行くよ……」
 振り返って朋也の顔をもう1度見つめる。起こすことはできなかった。彼を連れて行くことは不可能だし、事情を話せば反対するに決まっている。そして、余計苦しむに決まっている。何も言わずに行方をくらますのは辛かったが、それが今のクルルにできる最善のお別れの仕方だった。
「ごめんね、朋也。クルル、行かなくちゃ……。あなたに一緒にいたいって言われて、クルルとっても嬉しかったよ。元気でね……クルルのこと、忘れないで……」
 寝顔にそっと口づけすると、自らの分身に向き合う。2人の身体は再び1つに合わさった。サファイアの神獣の最後の力が、次元を飛び越えて道を開く。青白い光に包まれながら、クルルはエデンを後にした……。
 まぶしい光に、朋也はふと目を覚ました。隣に手をやって、クルルがいないことに気づく。
「……!? あれ? クルル?」
 彼はガバッと跳ね起きて、部屋の中をあちこち探し回った。だが、どこにも姿が見えない。ドアの鍵は閉まっているし、その鍵もテーブルの上に置かれたままだ。
「おおーい、クルル! どこ行っちゃったんだ!? クルルーッ!!」
 呆然と立ちすくむ。寝床はまだ温かかった。それに、さっきの青白い光は──
 何が起こったのかさっぱり理解できなかったが、なぜか2度と彼女に会うことができないということだけはわかっていた──
「クルル……」



the end


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