炎は3日3晩衰えず、クレメインの森の中心部をあらかた焼き尽くしてしまった。ビスタの妖精を中心に組まれた100名規模の消火部隊の活動に加え、マーヤが妖精の空飛ぶ要塞であるフューリーに連絡して空から消火作業に当たらせたおかげで、火は4日目になってやっと沈静化した。延焼がそれ以上広がらなかったのは、森の中を同心円状に走っていた道のおかげもあったかもしれない。
火災の現場を逃れた一行は、火が収まるまで森の入口に留まった。キマイラにも通報がいって、ゲートの開通は当面延期された。5日目、朋也たちは再び現地に向かった。
一面の焼け野原と化した神木の広場跡地に入る。焦げ臭い匂いが辺りに充満していた。
「……すっかり焼けちゃったわね……」
広場を見渡しながら千里が溜め息を吐く。
朋也は神木の痕跡を探し出そうとした。それはすぐに見つかった。一番焼け方のひどい場所に、太い幹の根元だけが完全に炭化した状態で剥き出しになっている。胸のうずきをこらえつつ付近を探してみたが、フィルの亡骸は見当たらなかった。彼女自身が発火点だったもんな。何か形見になるものでもないかと思ったんだけど……。仕方なく、一行は街に戻ることに決めた。
ゆっくりと出口に向かっていたとき、朋也は突然誰かに呼ばれたような気がして辺りをキョロキョロと見回した。ふと、広場の一角に立ち尽くす1本の焼け焦げた木に目をとめる。地上部は周囲の木に比べても激しく焼失してしまっていた。樹齢でいえば20年にも満たなそうだ。クレメインの中ではかなり若木の部類に入る。すでに命は失われているように思えたが、朋也はその木に他の木にはない、ひどく心をそそられるものを感じた。何だろう……この感じは?
木の根元の部分に目を落として、朋也はあっと声をあげた。
「こ、これは!?」
煤で黒ずんだ丸い塊を拾い上げる。輪になった鎖が枝に引っかかって、それ以上持ち上げることができなかったが。
「どうしたの?」
のぞき込んだ千里に見せてやりながら答える。
「これは……フィルがいつも着けてた胡桃のネックレスだ……」
「じゃあ、もしかして、この木が……」
みんなして黒焦げになった木を見上げる。そう……この木はメッセンジャーである彼女の本当の姿に違いない……。
「あれ、こんなところに種をつけてるよ!」
クルルが指差した枝の先を見ると、房状の黒い塊が付いている。朋也は手にとって煤を払ってみた。もしかして、まだ生きてる!?
房の中からこぼれ出てきた小さな種子は、まだ瑞々しい色艶を失っていなかった。生命がある証拠だ。あの地獄のような火災をどうやって生き延びたのかはわからない。土の中に潜っていればまだ可能性はあったろうが……。何らかの奇跡が働いたとしか思えなかった。
朋也は見ているうちに胸の内に熱いものがこみ上げてきた。そっとポケットにしまいこむ。
「……私たちの世界に、連れていってあげるの?」
千里が目をうるませて訊いてくる。朋也は微笑みながらうなずいた。
「ああ。1粒だけな……。俺たちの世界の森を、彼女にも見せてやりたいから……。残りの種はここに蒔いて、みんなで祈ろう……。クレメインの森が元通りの美しい姿に再生する日が早く来るように……」
the end