俺と千里は、ミオとジュディを連れて元の世界へ還ってきた。神獣のいなくなったエデンの管理は暫定的に神木と妖精長が引き継ぎ、〝彼〟の力でゲートも一度だけ何とか開通してもらうことになったのだ。
2人とも動物たちが平和に暮らすユートピア、エデンを去るのは名残惜しいものがあった。クルルやマーヤ、フィル、ゲドたち3人組も、自分たちを引き留めようとしてくれた。だが、モノスフィアに戻らないわけにはいかなかった。〝彼女〟の苦しみを少しでも減らすために。独りぼっちで異世界で戦っているリルケのために。剣も魔法もない世界で、たった2人のただの学生にできることなど何もないに等しいかもしれない。でも、この世界を変えない限り、彼女はいつまでもモンスターに苦しめられ続けることになる。弱音を吐いてなんかいられなかった。ミオとジュディは、エデンで得た能力を粗方失ってしまうにも関わらず、そんな俺たちを支え、励ますために、自ら共に還る道を選んでくれたのだった。
千里はいま小説家を目指して猛勉強中だ。いつかリルケをヒロインのモデルにした壮大なファンタジーを書き上げたいと言っている。彼女なりの罪滅ぼしでもあるのだろう……。俺は物書きになる頭はないし、地道に現場で動物を助けるために働く道を模索している。自分に出来ることといっても、〝彼女〟の目から見れば生温いとしか映らないだろうし、自分でももどかしく感じて仕方のないときがある。ただ、彼女が戦っている限りは、俺も戦い続けようと思う。それが俺なりの罪滅ぼしだと思うから……。
リルケの形見の羽根の1枚は、ガラスケースにしまって机の前に飾っている。もう1枚はペンケースに入れて常に持ち歩いている。1日でも彼女のことを忘れてしまわないように。残りの羽根は、彼女の最後の願いに従うことにした。ちょうど、近くの神社を取り巻く鎮守の森が、この一帯のカラスたちが集まってくる営巣地になっていた。そこで頂きに巣のある樹の根元に埋めてやることにしたのだ。
営巣地では、夕方になるとあちこちに餌を求めて散らばっていた彼らが、盛んに鳴き交わしながら群れ集う。夕焼け空に何十何百という黒いシルエットが交差しながら舞う様は息を呑むほど壮観だ。エデンに行って彼女に出会う前は、なんだか恐い印象を受けたものだが、いまはあの子たちの姿を目にするだけで胸がホッと温まる。そして、ちょっぴり切なくなる。最近はゴミ問題(悪いのは全部ニンゲンなのに)で風当たりが強まっているのが心配で、おちおち眠ることもできないんだが……。決してニンゲンに擦り寄ろうとはせず、さりとて離れることもない。警戒ラインを超えて接近しなければ人目をあまり気にせず、目ぼしい玩具を発見するとあどけない表情でパフォーマンスを演じてくれるあの子たちほど愛らしい動物なんていやしないのに。もちろん、ネコやイヌも負けないくらいカワイイけどさ。
ときどき、空を飛ぶ夢を見る。彼女にレゴラス行の船に連れて行ってもらったあのときの夢。彼女の温もりを感じながら、大空を自由に翔ける、いつまでも覚めないで欲しいと思う夢。海の上が多いけど、行ったこともないはずのこの世界の空を飛び回る夢を見ることもある。朝になって目が覚めると、しばらく何も手につかないほど胸の中が一杯になってぼおっとしまうけど、それでも毎日でも見続けたいと思う。
だから、ベッドに入るときはケースに入った彼女の黒光りする羽根を枕元に置いて、おまじないでもするように囁きかけるのが習慣になったんだ。「お休み──」と……。
the end