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 激怒したクルルは朋也に向かって躍りかかってきた。手より先に足が出てきたが。
 ウサギ族の鍛えられた太腿で放たれる強烈なキックは半端じゃない。一種の凶器とさえいえる。半ば恐怖に駆られた朋也は、ギリギリのところで彼女の足蹴りをかわすと、つい本気で反撃してしまった。
「きゃうっ!!」
 カウンターのネコキックが見事に決まり、クルルは昏倒してしまった。朋也はあわてて彼女のもとに駆け寄った。
「お、おい、クルル! 大丈夫か!?」
 抱き起こした彼女がかすかな声でうわごとのようにつぶやいた。
「……クルルだって……本当は朋也のこと……」
 それだけ口にすると、朋也の腕の中で気を失ってぐったりとなる。え……? それってどういう──
 彼女の台詞に耳を疑う間もなく、驚くべき出来事が立て続けに起こった。
 突如天上からまばゆい光が降り注いだ。辺りが目の醒めるような青1色に包まれる。朋也はいったん草の上にクルルの身を横たえると、手をかざして頭上を振り仰いだ。
 青く輝く宝玉が宙からフワフワと舞い降りてきた。自宅の寝室で見たオブジェそっくりの。
 あ、あれはまさか……サファイアのアニムス!?
 青い宝玉はまっすぐクルルの頭上に下りてきたかと思うと、次の瞬間彼女と一体化した。いや、光がまぶしすぎてよく見えなかったが、彼女の胸元の辺りに収まって輝き続けている。
 そこはクルルがいつも身に着けていたブローチと同じ位置だった。そういえば、再会したときにはそのいつものブローチがなかった気がする。
 もしかしたら、ミオが何らかの手段でクルルの所持するブローチをいったん持ち去ったが、途中で失ったのか。あるいは、サファイア自ら本来あるべきところへ還ってきたのかもしれない。
 意識を失っていたはずのクルルが目を開いた。瞳はいつものウサギ族特有の赤い色ではなく、真っ青なブルーだった。
《クルル……あなたは間違った愛を選んでしまいましたね……私は慈愛の神獣クルルとして、過ちを正さねばなりません》
 それはまだあどけなさの残るクルル本人とはまるで別人の、冷たく透き通るような声だった。さらに驚きだったのは、彼女の台詞に〝神獣〟という言葉が含まれていたことだ。
 そんな……長らく不明とされてきたサファイアの神獣の正体が、自分たちと一緒に旅を続けてきたパーティーの仲間の1人、どこにでもいる普通のウサギ族の女の子のクルルだったなんて……。ミオはこのことを知っていたのか!?
 次の瞬間、〝神獣クルル〟の全身が青白い光がほとばしるとともに、猛烈な凍気が朋也に襲いかかった。キマイラの特殊攻撃、三神呪の強化版というところか。彼のことを排除すべき脅威とみなしたのだろう。
 朋也は為す術もなく地に伏した。もはや指1本、眉1つ動かすことができない。
《私は別の命に転生します。エデンに再び危機が訪れ、サファイアの慈愛が必要とされるときまで、私が目覚めることはないでしょう。そのような悲劇が訪れないことを、私は祈り続けます──》
 クルルの身体がフワリと宙に舞い上がった。そのまま天空高く昇っていく。
 薄れゆく意識の中、朋也が最後に目にしたのは空の彼方へと消えていくクルルの寂しそうな後ろ姿だった──


the end


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