3日後。朋也たちはクレメインの森のゲートに来ていた。
結局、転送装置の上に立ったのは千里1人だけだ。
夕べのこと、朋也はモノスフィアに帰還する役目を千里と自分がバトンタッチするという主張を改めて3人に示した。生まれてくる子とジュディを見守る役目は彼女の方が適任だとも。
だが、たちまち女性3人に「何バカな(ニャ)こと言ってるの!?」と大声で一括され、無碍に却下された。
2人に面会できたことでジュディのストレスは大いに解消された。初めての出産には誰でも不安はつきもので、母子を支えるのは普通にパートナーの男性の責任だ。彼の特殊事情なんて言い訳にはならない。理詰めでそう諭される。
無責任に子供を作っておいて、いざとなったら逃げるのは卑怯だと、ミオにも機関銃のようにまくしたてられる。朋也としても反論できず、黙り込むしかなかった。
しまいには、ジュディが「ボクを捨てるなら切腹してやる!」と刀に手を出そうとしたため、とうとう朋也も降参した。
前言を撤回するくらい別にたいしたことじゃないが、やはり後ろ暗いのは千里に対してだ……。
「ふみゅ……千里……」
「泣かないで、ミオちゃん。またすぐ会えるんだから……」
ミオは千里と最後の抱擁をかわそうとして、そのままなかなか離れようとしなかった。朋也と別れて彼女と一緒に暮らすようになって以来、すっかりベタベタネコになっちゃったみたいだ。無理もないけど。
3年前のジュディのように、ミオはいつまでも泣きやまない。千里はそんな彼女を一生懸命笑顔を作って励まそうとしていたが、彼女の目にも涙が光っている。
成熟形態のままカイトと一緒に暮らせるのだから、ミオにとってもエデンに残った方が幸せなのは間違いない。それだけに、千里をたった1人で送り返すのが辛いのだろう。
朋也も、2人の別れを目にするのは張り裂けるように胸が痛んだ。
けれど、今度は永遠の別離じゃない。彼女が言ったように、また会うことができる。
フェニックスはジュディが臨月を迎えたとき、再度ゲートを開いてくれると約束してくれた。その後も、3年に1度は俺たちが再会する機会を与えてくれるとも。キマイラは相当渋ったみたいだが、彼女が押し通してくれたらしい。リルケも後押ししてくれた。
エデンの未来を救うためには、朋也か千里のどちらかがモノスフィアに渡り、影響を及ぼさないよう人々の意識を改革する必要がある。だが、本当にそうなのだろうか?
紅玉とフェニックスが再生し、ジュディと朋也の願いが2つのアニムスに聞き届けられたことで、エデンは破滅の危機を免れた。
だが、それは当座の間だ。リンクが切れて以降もなお、モノスフィアでのヒト族の蛮行が負の影響をもたらしていると、キマイラは考えている。だから、なかなかモンスターの脅威が消え去らないのだと。
一方、フェニックスとリルケは、それらはもはやエデンにとって制御不可能な脅威ではないとの立場だ。2頭の神獣と妖精たち、そして朋也・ジュディのような民間のハンターたちの努力で、近い将来平和を達成することが可能だと。
残る問題は、モノスフィアそのものが人類の業罪によって破滅へ向かうのをいかに回避するかだ。
朋也も、千里も、当事者たるモノスフィア出身のヒト族として、その責任を痛感していた。
だが、今の朋也の考えは少し違った。ジュディや、生まれてくる2人の子の幸せのことを第一に考えていいと、思えるようになった。フェニックスとの戦いで宣言したように、ジュディと2人で幸せをつかもうとすることが、間違いのはずはない。
千里も、エデンと違い剣も魔法もないモノスフィアで、彼女1人にできることは限られているのだから、マイペースで行こうと切り替えた。そうでなければ、きっと重責と無力感に押しつぶされていただろう。
でも、千里はまだストイックすぎる。もう一歩踏み込んで、彼女自身の幸せを追い求めることだって、許されていいはずだ。世界は許してくれるはずだ。
「なあ、千里。さっき言ったこと、次にこっちへ来る時までに考えてみてくれな? 次の次でもいいから。おまえ1人だけに重荷を背負わせて、俺たち3人だけ幸せになるのは肩身が狭いからさ。ていうか、それじゃ本当の意味で幸せにはなれないし……。千里がささやかな幸福を求める権利はだれにも否定できやしないさ。みんな、おまえに幸せになってほしいんだ。できれば俺たちと一緒に……」
さっき言ったことというのは、千里にもエデンに移住してもらい、4人で一緒に暮らすことだ。
「……うん……」
千里の返事にはまだためらいが見られた。本当にストイックを地でいく性格だからな……。
「ご主人サマ! 必ずボクたちのこどもを見にきてね! 待ってるから!」
「あたいも朋也を借りて子作りに励もうかニャ♥ そしたら、千里と会える回数を増やしてもらえるかも」
ミオがそう言った途端、ジュディが噛み付いた。
「何言ってんだよ! 朋也は渡さないぞ! おまえはあのキザ男とさっさと結婚すりゃいいだろ!」
「せっかく朋也とも同じ世界に暮らせるんだもの、あたいとしては両手に花が欲しいニャ♪ あんた、ときどき彼を貸しなさいよ。朋也もバカイヌに飽きたらいつでも言って♥」
「絶対やだ! 朋也も浮気は許さないぞ!」
こっちまでとばっちりがきた……。朋也としては1度でもう懲りたので、些細なことでも彼女に疑われないよう注意するつもりだが。
「しないしない! 大体、ミオと浮気したら、ジュディだけじゃなくてカイトにも殺されるよ」
「あんたたち固いことばっか言うわね。ポリアモリーって知らニャイの? たまには夫や妻を交換したほうが愛も長持ちするってもんよ♪ 千里を入れて5人夫婦ってのも悪くニャイわね」
「ミオちゃん……私、そういうインモラルなのはちょっと(ーー;;」
ニヤニヤしながら冗談まじりに話していたミオだったが、ここでまじめな口調に戻る。
「じゃあ、我慢するわ。千里が来てくれるニャら、朋也には手を出さニャイから。だから、彼の言うとおり、考えておいてね?」
「ええ。わかったわ」
千里はにっこり微笑んで、今度ははっきり返事をした。さすが、ミオにはかなわないな……。
チャイムが鳴り、ゲートの両脇の装置が点滅を始める。時間だ。
「さあ、時間が来たみたい。私、さよならは言わないわ。みんな、元気でね! また会いましょう!!」
「ご主人サマ、またね!!」
「See youニャ!!」
赤・青・緑の3原色の光の螺旋が千里を取り巻く。轟音と閃光が去ると、そこにはもう彼女の姿はなかった。いくつもの次元を隔てた遠い異世界へと旅立っていったのだ。
3人は無言で空っぽになったゲートの上を見つめ続けた。ミオが鼻をすすると、釣られるようにジュディも鼻をすすり始める。
励ますように2人の肩をたたきながら、朋也は明るい声で呼びかけた。
「さあ、俺たちも街へ帰ろうか。カイトも待ってるよ」
「うん……」
「うん……」
朋也たちはゲートのある広場を出て、森の中の小道を下っていった。自然と3人の手が重なる。ジュディとミオのもう片方の手は、心の中でしっかり千里の手を握っていた。
しばらく進んだとき、不意にガサガサと音がしたかと思うと、叢を掻き分けてモンスターの群れが現れた。鏡のような平らな甲羅を背負ったカメと、鳥の頭を持つ3枚羽の火車みたいなやつだ。
そういえば、3年前に千里とミオを見送ったときも、こんな展開だったっけ。あのとき出てきたのはウニっぽいやつだったけど。
「また出たな! よぉし、ボクがやっつけてやる!」
飛び出そうとしたジュディの襟首をミオが引っつかむ。
「ぐえっ(++;;」
「バカイヌはもう少し自分を労わんニャさいよ! あんた1人だけの身体じゃニャイんだから! あたいがやるからすっこんでニャさい!」
そう言うと、羽のような身軽さで突っ込んでいく。
ハハ、頼もしいや。ジュディが主戦力から外れている間も、彼女が活躍してくれるなら安心かな?
けど、ひょっとしたら、ミオとカイトのカップルは朋也たちにとって強力なライバルチームになるかもしれない。俺もウカウカしてられないや……。
朋也も剣を抜いて柄をぐっと握りしめると、ミオの後に続いた。
fin☆