追っ手を撒こうと必死に遁走するでもなく、朋也はゆっくりとエメラルド号を走らせた。前方で大きく膨らんだ真っ赤な太陽がゆらゆらと揺れながら地平線下に沈んでいく。
「はあ……クルル、さすがに疲れてきちゃった……」
同じように沈みゆく夕日を見つめながら、彼女は大きくため息をついた。大陸中を右往左往したあげく、結局逃げ切れなかったのだから、無理もない。
朋也は頭を悩ませた。どこか、あの娘たちには絶対見つからない、2人が静かに暮らすのにうってつけの場所はないだろうか?
太陽が完全に没み、晴れ渡った砂漠の夜空を降るような星々が彩る。朋也はさらにスピードを落とし、心癒される星空をじっくりながめた。
出し抜けに、2人が暮らすのにまさにうってつけの場所の候補が頭に思い浮かんだ。ヒントをくれたのは星たちだ。
「そうだ! 1ヵ所、俺たちが住むのにピッタリな場所があるよ! あそこならきっと、いくら彼女たちだって見つけられやしないさ!」
「え? どこどこ? クルルの知ってる街? ううん……まだ行ってないとこあったっけ?」
朋也は答えを言いかけて思いとどまった。せっかくだから、彼女にちょっとしたサプライズを提供するのも悪くない。
「それは着いてからのお楽しみさ♪」
そう言って片目をつぶってみせる。
「え~、教えてくれたっていいじゃん! 朋也の意地悪!」
口を尖らせながらも、なんだかうれしそうだ。よかった、少しは彼女に元気を取り戻してもらえたみたいだな……。
「さあ、それじゃあ俺たちの新居に向かってレッツゴー!」
朋也はエメラルド号のアクセルを入れ、夜の砂漠を走りぬけた。
夜半に少し休憩を取ってからも、朋也はエメラルド号を走らせ続けた。2人でシエナのホテルを抜け出した日のことを思い出す。
道中、クルルは口数も少なく、ただ前を見続けた。それでも、内心ワクワクしているのが伝わってくる。
はてしなく続くかに見える夜の森の中を、速度を落としながら進んでいく。時折、車を止めては記憶の中と照らし合わせる。それでも何度か逆戻りを余儀なくされたが。慎重に行かないと、あそこはただでさえ誰にも見つからないように工夫が施されているんだから……。
やがて森の様子が変化し始める。おとぎの国に迷い込んだかのようだ。花々、虫、キノコが、夜の闇の中で神秘的な輝きを放っている。
ぽっかり開けた空地の真ん中に泉が湧いている。その手前で朋也たちはエメラルド号を止めて降りた。
朋也とクルルは手をつなぎながら、草花や虫たちの光に導かれるままに小径を抜けた。
目の前が開けた。キノコの形をした小さな家々の間を、淡い光に包まれた妖精たちがフワフワと行き来している。
「そっか! 妖精の隠れ里、ここなら安心だね! さすが朋也♪」
にっこり微笑んだクルルに、朋也も笑みを返した。
「集落の隅っこの方にでも小さい家を建てさせてもらってさ。妖精のみんなのキノコや野菜の栽培を手伝いながら、自給に近い生活を送るのも悪くないかなって。どう?」
「うん! ここなら空気も水も美味しいし、家族で暮らすのにピッタリのとても素敵な場所だよね♪」
「よかった。クルルならきっとうなずいてくれると思ったよ。じゃあ、妖精たちに挨拶まわりに行こうか」
一歩踏み出しかけた朋也の手を、クルルが引っ張って引き止める。
「なに?」
朋也の問いかけに、クルルは少しモジモジしながら答えた。
「あのさ……クルルのわがまま、聞いてくれてありがとね……。朋也は世界一素敵な旦那様だよ♥ クルルいま、とってもハッピーな気分だよ♪」
2人だけで静かに暮らしたいという願いは、わがままというにはあまりにささやかすぎると朋也は思ったけれど、彼は何も言わずに彼女の手を握り返した。
「だからね……クルルも、朋也にとって世界一のお嫁さんになれるよう、がんばるから……」
「ハハ、なに言ってるんだい。クルルはもうとっくに世界一のお嫁さんさ! みんなに自慢したくなるくらいね♪」
「クフフ♪ うれしい……♥」
朋也とクルルは目を閉じてそっと唇を重ね合わせた。
それから、2人は隠れ里の妖精たちのいる方へ歩いていった。東の空が次第に明るくなり、小鳥たちが1日の始まりを告げる歌を歌いだした。それはまるで、2人の新生活の幕開けを祝福するかのようだった。
fin☆