神獣に時間を朋也がモノスフィアから発った直後に調整してもらい、自宅へ戻った朋也は、早速彼に渡された処方箋(線虫)をフィルに与えた。祈る日々が続いて6日目の朝、彼女はようやく目を覚ました。
「……ん……」
「フィル……目が覚めたかい?」
朋也はそっと声をかけた。
「朋也……私……」
神木の支配の影響が残っていないかが気がかりだったが、どうやら大丈夫のようだ。
「よかった……フィル……!」
横になった彼女に覆いかぶさるように抱きしめる。涙がとめどなくあふれてきた。
「朋也……私……なんだか長い長い夢を見ていた気がするわ……」
そんな朋也の頭をそっとなでながら、フィルは自分が昏睡状態に陥っている間に見た夢の話をしだした。
「こことは違う世界の夢よ……そこではヒトと同じ姿をした動物たちや妖精が平和に暮らしていて……私は大きな森を管理する樹の精なの……ある日、別世界に住むヒトであるあなたが目の前に現れて……私はあなたの案内役を務めるうちに、あなたと恋に落ちたの……千里やヒトの姿をしたジュディもいて……みんなと一緒に旅をして……モンスターや神と戦ったり……そして……私は……」
そこまで話してから、彼女は言葉を失いしばらく黙り込んだ。
「……あれって、本当に夢だったのかしら……」
目から滂沱と涙をあふれさせ、彼女は一言つぶやいた。
間違いない。今彼女が語ったのは〝フィル〟の記憶そのものだ。朋也の目の前にいる、あのとき再生しモノスフィアに連れてきたフィルは、5年前にともにエデンで冒険の旅をした〝フィル〟とは別人だと思っていた。どちらも彼女の本体である樹の借りの姿であり、別個のモジュールなのだと。植物の命の不思議については、あの旅の途中で〝フィル〟に教わったものの、朋也には未だに理解しきれずにいるのだが。
どう考えたらいいのか、今の朋也にはわからなかった。2つの人格が合体したことになるのか。記憶だけ共有しているのか。神木に寄生された影響には違いないが。
ただ、朋也のこと以外ほとんど何も覚えていない白紙の状態から一緒に過ごしてきた5年の歳月は、彼女の心から決して失われたわけじゃない。
そのことは後でゆっくり考えよう。今度は朋也の方から自身の体験を話すことにする。異世界での冒険についてはまたいつか話すとして。
「……俺も、フィルが昏睡に陥ってる間に、不思議な出来事があったよ。森にいたら、木々たちの声が聞こえた気がするんだ……夢なのか……夢みたいな本当のことなのか……いつかわかるときが来るさ。けど、いまはゆっくりお休み。しばらく畑がなおざりになってたから、手伝ってもらわなきゃ♪ フィルも早く森の空気が吸いたいだろ?」
「ええ」
互いに目を見つめてうなずき合う。それから、フィルは少し遠慮がちに言った。
「朋也……頭をなでてもらっていい?」
「今日のフィルはなんだかこどもみたいだな。けど……いいよ」
言われるままに彼女の豊かな緑色の髪をそっとなで続ける。仔イヌや仔ネコを愛撫するように。フィルは少し頬を赤らめながら、心の底からうれしそうににっこり微笑んだ。
それから、朋也は彼女を寝かして布団をかけ、あやすように言った。
「おやすみ、フィル……恐い夢は忘れて、いい夢を見るんだよ……」
fin☆