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 ミオの行動圏内を再度一巡りしたが情報は得られず、3人はさらにその外へと足を伸ばした。バス通りを一歩またぐと、まだ入居者を待っているモデルハウスの家並や区画整理が始まったばかりの更地が広がっている。その先には一面のだだっ広い草原があり、森につながっていた。そこは、ニュータウンの計画が縮小されたために工事再開の目処も立たず造成半ばで放置されている場所で、ブルドーザーが1台ぽつんと野ざらしになっていた。捨てられて野良になったイヌやネコが棲み付いているという噂もある。駅に近い方には変質者がひそむとも……。
 先導はジュディに任せて、道もない造成地を進む。ここらには街灯も引かれていないため、互いの顔もよく見えない。よく目を凝らさないと何かにつまづきそうだ。朋也たちの家のある入居区や隣町のゴルフ場、駅の照明が背景の空を照らしているため、山の中ほど真っ暗ではないが。晴れていれば星をながめるのにもってこいだが、あいにく今夜の空はどんよりと雲が垂れ込めている。
 千里が手にした懐中電灯でジュディの足元を照らす。こういうところは朋也よりよっぽど用意がいい。空模様が怪しかったので傘は持ってきたけど、邪魔なだけでてんで捜索の役には立たない。
「つかぬこと聞くけど、なんで制服着てんの?」
「いいじゃん、別に。いつも朝すぐ着れる用意してんだもん」
 まあ、彼女の場合、登校前のジュディとのジョギングもいつもセーラー服なんだが。逆に千里が聞き返してくる。
「そういうあんただって制服じゃないの?」
「俺は単に着替えてない」
「……」
 時間が時間だったこともあり、住宅地の中ではほとんど言葉を交わさなかったが、ここまで来ると遠慮は要らない。彼女といると自然と会話が弾む。最近はミオをめぐって何かとケンカしてばかりだけど、朋也にとってはなんだかんだいっても千里はミオに次いで心を許せる相手なのかもしれない。お互い兄弟姉妹もいない。そして、ミオとジュディがいる。2匹は2人をつなぐ接着剤の役割を果たしているようなものだった。小学生の頃と違い、さすがに年頃の女の子として意識せずにはいられないが、それでも気楽な関係を維持できるのも2匹のおかげといえた。しばしばケンカの種にもなるけれど……。
「ねえ、ところで知ってる? 2丁目の斉藤さんちのベス、1週間前から行方不明なのよ?」
「ああ、ゴールデン・レトリーバーだっけ? 血統書付きの」
「レトリーバーの割にはよく吠える子だったけどね。ともかく、いつも一緒にいた4年生の敦君が、方々捜し回ったけど見つからないって悲嘆に暮れてたわ。ジュディのお散歩仲間の会話で、他にも逃げたとかいなくなったって話がなんか最近多いのよね……」
 そういえば、朋也も散歩中の敦とベスを見かけたことがあった。低学年と見間違われるくらい小柄な男の子で、ほとんどベスに引き摺られてる感じだったっけ。ベスというと本当はエリザベスの短縮形で女の子名だが、かっこよさそうだからと彼が押し通したという話も千里から聞いた。
「そっか、敦君には気の毒な話だけど……。ひょっとして身代金目的の誘拐だったりとか?」
「まあ、それはないでしょうけどね。セレブが溺愛してる超高級品種とかならどうかわからないけど……。でも、どうせ誘拐するならニンゲンの子供の方がよっぽど楽じゃん」
 そりゃそうだけど……。
「どっちみち、ジュディは私と一緒で値札なんか付いてないから、誘拐される心配なんてないもんね~。よかった♥」
「その点はミオも同じだな」
 朋也もうなずく。〝売り物〟じゃないというのは返って幸せなことかもしれない。
「ま、いくらミオがカワイイったって、それで誘拐に及ぶやつもいないだろうし」
「そんなことするの朋也くらいよ」
「するかっ!」
 千里の話を聞いているうちに、彼も思い出したことがあった。
「そういや、ここんとこ公園の辺りに顔を出してたネコたちを見かけないんだよな……。トラとかカイトとか」
「その子たちってノラなの?」
「う~ん……トラはどっちかっていうと外ネコに近い感じかな? あちこちの家でご飯をもらってるよ。うちでも時々おやつをあげてるけど。腕っぷしが強くて性格もいいから結構〝猫望(じんぼう)〟の厚いやつだよ。カイトの方は人にはあんまりなついてないね。食事にも釣られないし……1カ月挑戦してみたけど駄目だった。孤高の一匹狼タイプってとこか。身ぎれいにしてるしがっついてないから、どこかで飼われてるのかもしれないけど、近所では心当たりないんだよな」
「へぇ~、2匹ともなかなかのナイスガイじゃん。どっちかがミオちゃんと駈け落ちしてたりして……」
「(T_T)」
「冗談よ」
 あながちあり得なくもないと思うけど……内心そう思いつつも、言葉を胸にしまっておく千里だった。首をかしげながら続ける。
「それにしても……もし、本当にこの近辺のイヌやネコが一時に何匹も行方不明になってるとしたら、ただごとじゃないわね。なんだかまるで集団で神隠しにあったみたい。専門の窃盗団がいて、実験施設にでも売りさばいてるのかしら?」
「そりゃ困る」
 哀願するように千里を見る。
「そうね。うちも他人事じゃすまないわ」
 まあ、確証があるわけでもないし、悲観的な想像ばかり並べ立ててもしょうがないけど。ジュディと一歩先を歩いていた千里は、ふと足を止めて朋也を振り返った。
「ねぇ、もしもよ? ミオちゃんが本当にさらわれて、身代金とか請求されたりしたら……どうする?」


*選択肢    そんな金ない‥    金ならいくらでも出す!

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