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ミオ: -
ジュディ: -

こんな時間にこんなとこで人に出くわすのも願い下げだが、それ以外の何かに出会うのも勘弁して欲しかった。何しろ朋也はその手の話が大の苦手だったりする。
「ち、千里、やっぱ引き返そう。こんなとこにミオは──」
「ちょっと待って、朋也!」
「ウウ……」
 不意にジュディのうなり声のトーンが高くなった。千里がなだめるように彼女の首筋をさする。
「この子も興奮はしてるけど、怯えてるわけじゃないわ。ミオちゃんには直接関係ないかもしれないけど、もう少し様子を見ない? 今引き返したら、きっと後ですっごく後悔すると思うよ?」
 女の子の方がこういうのは免疫があるのかなあ? 自分1人で帰るようなかっこ悪い真似できないし……。
 その時、「アーオ」というネコの鳴き声がかすかに聞こえた。光のある方角からだ。ネコだけじゃない。イヌが鼻をすするような音も。しかも1匹や2匹ではなかった。にわかに森が喧騒に包まれたようだった。これじゃ、ジュディが興奮するわけだ。
「決まりね。行くわよ」
 千里が更に声を落として言った。そして、ジュディをなだめつつ、音をなるべく立てないように慎重に光源に近づいていく。朋也も仕方なく後に従った。
 しばらく進むと、光の輪郭が少しずつ見て取れるようになってきた。何だか蝶か蛾の羽のようだ。周期的な変形の様子も、宙を羽ばたいてると考えれば合点がいく。イヌとネコは十数匹いると思しかった。みんな淡く光る羽に誘導されるように1つの方向に歩いていく。まるでハーメルンの笛吹きだ。
 千里はジュディが飛び出さないようにしっかり押さえながら草むらに身をかがめた。朋也もジュディを挟んで彼女の反対側にしゃがみ込む。
 光る羽の正体はこの距離だとまだ判然としなかった。明滅しながら色とパターンが不規則に変化するため、余計見定めがつかない。それでも、人工のものよりキノコやホタルのような生物性の発光に近い気がした。
 さらに距離を縮めると、羽のサイズが異様に大きいのに気づく。国産のチョウでいちばん大きなオオムラサキだって羽を広げても10センチもない。ガの仲間にはヨナクニサンとかもっと大きいのがいたと思うが、今目にしている羽は、下を歩くイヌたちと比較してみるに両翼の幅が80センチ近くはありそうだ。いずれにしろ、七色に変化しながら発光する羽を持った昆虫なんていやしない。何より羽の持ち主は虫というよりも──ヒトの形をしているように思われた。
 2人は息を潜めて目の前で展開する信じられない光景をながめた。イヌたちに感づかれて一斉に吠えられたりしたらまずいと思ったが、彼らがこちらに注意を払う様子はない。ふと朋也の胸に、もしかしたらミオもあの中に混じってるんじゃないか……という疑念がよぎった。
 林の奥の少し開けた場所に来て、羽とイヌネコたちの動きが止まった。羽の持ち主が不可思議な動作をする。やっぱりどうみても昆虫の肢じゃなくて手にしか見えない。
 不意に羽の光と異なるまばゆい光が辺りを包んだ。
「あっ!!」
 千里が思わず声をあげてしまう。
 赤・青・緑の三原色の輪が、イヌネコたちの頭上でグルグルと回転していた。その中心から真っ白な光が溢れてくる。正体不明の羽と十数匹のイヌ・ネコたちは、まるで吸い込まれるようにそのまぶしい光の扉をくぐっていってしまった。
 朋也たちはわけがわからないまま、さっきまでイヌネコたちが群れ集まっていたはずのがらんとした空き地を呆然と見つめた。あのイヌやネコたちは一体どこへ行っちゃったんだ!? 今までに失踪したイヌやネコたちとも関係あるんだろうか? まさか、ミオも……!?
「ワンッ!!」
 千里に肩を抱かれて我慢していたジュディがこらえきれなくなって跳び出した。
「あ、ジュディッ!!」
 千里もすかさず後を追う。
 まったくあいつは、ジュディのためとなると周囲の危険が目に入らなくなっちゃうんだから。朋也も2人をほっとくわけにはいかず、千里の後に続いた。
 羽の持ち主とイヌやネコたちをまるで手品のように跡形もなく消し去った3色の光は、次第にすぼまり消えかけていた。が、ジュディに続いて広場に躍り出た朋也たちに反応してか、再び輝きを増して3人の頭上を高速で回り始めた。白い光が周り中に溢れ、3人を包んでいく。つんざくような甲高い音が辺りに満ちて頭が割れそうだ。何とか空き地の外に出て、この謎の光から逃れようと思ったが、眩い閃光の所為で目も開けられず、身動き一つとれない。お互いの名を叫ぶのが精一杯だった。
「千里!! ジュディッ!!」
「朋也っ!!」
 光は3人を呑み込んだ後、再び集束し、そして消えた。雑木林を何事もなかったかのように沈黙と静寂が支配した。
 ただ千里が持ってきた懐中電灯だけがぽつんと林の真ん中に残されていた──


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