千里はどこにいるんだ!? まったく、あいつはジュディのこととなると自分の危険なんておかまいなしなんだから。まあ、そこが彼女のいいところなのかもしれないが。
幸い、捜し回るまでもなく、千里は朋也の真後ろにいた。ジュディも近くにいる。2人がとりあえず無事なのを見て、ほっと胸をなでおろす。
「あいたた……もう、何がどうなってるのよっ!?」
千里はこめかみを押さえながらぼやいている。朋也は彼女たちのそばに向かって歩いていった。
「大丈夫か、千里!?」
千里はまるで朋也のことなど無視するようにジュディに駆け寄ると、優しくなでながら身体中を丹念に調べ回した。
「ジュディ! よかった、無事だったのね!? どこか痛いところない?」
とりあえず見たところ異常がないのを確かめた後、朋也を振り返ってわざとらしくちょっと驚いた顔をしてみせる。
「あら? あんたもいたの?」
……。千里の身をまず一番に心配したのにあんまりじゃん。
ともあれ、これだけの不測の事態にもかかわらず、彼女は朋也以上にしっかりしていた。ジュディの保護者としても自分がしゃんとしなくちゃいけないという気構えがあったのだろう。さっきから喘ぐように荒い息をして、目を大きく見開きながら不安げに辺りを見回していたジュディも、千里のおかげで何とか落ち着きを取り戻したようだ。
ジュディの首に腕を回しながら、千里は周囲を見渡して改めて朋也に問いかけた。
「それにしても、ここは一体どこなの??」
朋也も彼女にならって頭を四方にめぐらすが、今の彼に言えることは1つしかなかった。
「わからない……」
さっきまで3人がいたニュータウンそばの林ではない。それははっきりしている。今いる場所は確かに木々に囲まれていたが、どうやらずっと深い森のようだ。四方を見渡しても森が続くばかりで外がまったく見通せなかった。木々も雑木林の貧弱な照葉樹ではなく、年ふりた丈高い巨木が多くを占めていた。
ここが日本──いや、地球上のどこかだという保証すらない。第一、深夜の11時を回っていたはずなのに日が差している。空の一角が夕焼け色に染まっていたので、間もなく日没を迎えると思われたが。明日の降水確率は50%の雨天だったのに、仰ぎ見る空は雲もほとんどなく澄み渡っている。半日以上気を失っていたわけでもあるまい。もしかして、UFOにさらわれて異星に連れてこられたんじゃなかろうか!?
ただ、はっきりここが地球の上でないとも断言できなかった。大気は別段地球と変わらず普通に呼吸ができる(有毒の成分が含まれていたとしても今さら手遅れだけど)。空の色もピンクやらオレンジやらではない。重力が地球と違うということもなさそうだ。心なしか身が軽くなった気もするが、それはたぶん空気が澄んでいる所為だろう。植生は朋也の見慣れたものとは違うが、たとえ日本でないにしろ、地球上のどこかだと言っても通用しないほど珍奇なものではないように思った。
とはいえ、疑念を一層深める要素もあった。3人が出現した場所は何かの儀式を行う祭壇か遺跡のようだった。大理石のように磨かれた足元には、魔法陣と思しき不可解な紋様が彫ってある。正三角形に対置している台座には宝玉のような多面体のオブジェが据えられていた。色は3色──赤と、青と、緑。朋也たちが呑み込まれたあの時の光と同じだ。今は熱や光を出しているようには感じない。
一体何の目的で深い森の中にこんなものがしつらえられているのかわからないが、いずれにしろ朋也たちのこれまでの経験に照らす限り、実在するもので少しでも似たものは思いつかなかった。UFOのような移動手段で運ばれたのではなく、この設備自体が一種の転送装置として働く仕掛けなのかもしれない。ワープの原理は皆目見当がつかないけれど……。
そういえば、あのイヌやネコたちはどうしたんだろう? 近くにいる気配はない。例の正体不明の飛行生物も。3人は光の輪の中に吸い込まれるように消えた彼らのすぐ後を追ってきたはずだが……。もしかしたら、別の場所に転送されたのだろうか? あの羽の生えた謎の生物(宇宙人?)は、一体何の目的でイヌやネコたちを連れ去ったのだろう?
朋也はTVのミステリー特番でやっていたキャトル・ミューティレーションだとかいう話を思い出した。高度な(というよりまともな)知性の持ち主がやることとはとても思えないが、彼はにわかに不安に駆られた。もしかしたら、ミオもこの世界へ連れてこられて、何かの実験台にされてやしないだろうか?
疑問は次から次へと沸き起こってくるが、いくら考えたところで答えがこの場で得られるわけではなかった。
そんな朋也の様子に痺れを切らしてか、千里が非難の調子を込めて問い詰める。
「無責任なこと言わないでよ、朋也っ! なんでジュディがこんなに怯えてるかわかってんの!? ここが一度も来たことのない、家のある方角さえ見当がつかない場所だからよっ! 私たち、ちゃんと家に帰れるんでしょうね!? 大体、あんたんとこのネコが……」