ゆらゆらと動いた茂みの間から現れた〝それ〟の姿は、予想を完全に覆すものだった。毒々しい紫色をした不定形の体躯の背面にはいくつもの茎が伸び、その上に球形の袋状のものが乗っかっている。こんな生きものにはまったくお目にかかったことがない。いや、わずかに似たものは見た気がする──あれは図鑑に〝森の宝石〟という見出しで載っていたホコリカビの胞子の写真だったろうか? もっとも、地球の実物はミリ単位の代物だが、今目の前にいるそいつはジュディとほとんど変わらない大きさだった。
何よりの相違は、たくさんの胞子嚢に〝ヒトの顔〟が浮き出ていたことだ。ぽっかりと開いた黒い眼窩のような目は、自分たちに向けて粘つくような視線を投げている──としか思えなかった。口にあたる部分からは、うめき声とも何ともつかないうつろな風のような音が響いてくる。こんなファーストコンタクトは願い下げだ。
ジュディが激しく吠えかかる。朋也と千里も全身の神経を張り詰めて身構えた。3人を発見してから動きの止まっていた謎の生命体は、ゆっくりとこちらに近づき始めた。ジュディの唸り声が一段と高くなり、今にも跳びかからんばかりに姿勢を整える。
彼女が下手に近寄って危害を加えられたりすると(いかにも毒かなんか吐き出してきそうだし)マズイと思った朋也は、脇に抱えていた傘を掴み、せめて威嚇にでもなればと振りかざした。
だが、千里の行動の方がわずかに素早かった。どうやら隠し持っていたのは非常食だけではなかったらしい……。
「ジュディ、危ないから下がって!!」
叫びつつ両手で構えたのはスタンガンだった。いや、そのはずだったのだが──
彼女の手の中から閃光がほとばしり、一瞬森の夕闇を追いはらった。白い光の矢が怪物めがけて稲妻のごとく襲いかかる。バチバチッと弾けるような轟音とともに、巨大ホコリカビは黒焦げになっていた。当の千里は何が起こったのかわからず目をぱちくりさせている。
だが、安心するのはまだ早かった。そいつはなおも首をもたげ、3人に目を向けた。正当防衛に当たるにせよ、先に手を出したのはヤバかったんじゃないかと思ったが、ジュディが噛みつこうと身構えたため、朋也は考えるのをやめて傘で殴りかかった。
と、今度は朋也の手の中から強烈な光があふれ出す。思わず目をつぶり、再び開いて見ると、確かに一寸前まで折りたたみ傘だったはずのそれは、鋭い鉤爪が先端についたナックルの形になって彼の左手にピッタリ装着されていた。(注)
この際疑問は後回しにして、えいっとばかりカビモドキの頭部めがけて突き出す。先端が触れた途端それは破裂し、中から粉状のものが飛び散った。頭に見えた球体は、どうやら胞子の詰まった嚢だったようだ。
さらに驚いたことに、次の瞬間、怪物はまるでホログラフのように透明になり、ついには消えてしまった。死体らしきものも何も残っていない。
短い間に驚くべき出来事が立て続けに起こり、千里と朋也は呆然と立ち尽くしたまま顔を見合わせた。
(注):朋也の傘は、この時点で誰の好感度が高いかにより爪(ミオ)、銃(千里)、剣(ジュディ)のいずれかに変型する設定。