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「今のは……一体……」
「この世界の住人かしらね? 私たち、マズイ状況に追い込まれちゃったのかも……」
 千里はジュディの肩に手を置きながら、げんなりした調子で首を振った。彼女もその辺りは自覚していたようだ。とはいえ、先制攻撃したのは彼女の意思ではなかったし、相手からは敵意・害意をはっきりと感じ取れた。でなければ、ジュディがあんなに激しく吠えかかるわけがない。
 今の一件で、ここが地球以外の別の惑星である可能性は再び強まったといえる。植生や大気がいくら似ていても、あんな生きものが出没する場所なんて地球上にあるわけはない。もっとも、今のが生きものと呼べるかどうかについては議論の余地があった。まるで煙、というか造り物の映像のように掻き消えてしまうような芸当は、宇宙人にだって無理だろう。ついでにいえば、さっきのがこの転送装置(?)を作った、この星の文明の担い手である可能性はなさそうだ。というのも、台座には階段がついていたし(歩幅は朋也たち地球人にちょうどぴったりだ)、その先には道らしきものが通っていたからだ。道はすぐに曲がって森の中に消えており、どこに続いているかはわからなかったが。
「それにしても、今までそんな物騒なもん持ち歩いてるとは思わなかったぞ」
「女の子の必需品よ。朋也に襲われたときの用心のためにね」
「……」
 俺って理性のないケダモノと思われてたの?(--;;
「冗談だってば。ま、いざというときは私がジュディを護らなくっちゃいけないしね♪」
 なるほど、彼女の場合そういう理由もわからなくはなかった。散歩中に凶器を手にした暴漢にでも出くわしたら、ジュディの身にも危険が及びかねないし。
「ちなみに、今のって、別にオプションで付いてた機能ってわけじゃないんだよね?」
 千里は遠隔レーザー銃と化したスタンガンを改めてしげしげとながめた。朋也の傘と違って、外見上の変化はそれほどわからない。肩をすくめて答える。
「そんなものがあったとしても、日本で合法的に手に入るとは思えないわね……。朋也の傘だって、そんな〝変型機能〟付きのを買ったわけじゃないでしょ?」
「ああ。謎が増えるばっかりだな……」
 彼も同じように、もはや原型を留めない傘をながめつすがめつした。よく見ると、爪の部分に傘の骨らしい名残が残っていなくもない。護身用と考えればこの方が役には立ちそうだけど……雨が降ってきたらどうすりゃいいんだろう?
 千里はしばらく黙って手の中のスタンガンを見つめていたが、おもむろに顔を上げて朋也を見た。
「……ねえ、私たちこれからどうすればいいのかな?」
 いつになく心細そうな千里の声。彼女の不安は理解できる。あんな化け物に襲われそうになったうえに、夜になればそれこそ何が出てくるかわからない。
 日はすでに地平線下に没してしまったらしく、空の色も刻々と赤から濃紺へと移り変わっていき、お互いの顔も見分けがつかなくなってきた。灯火らしきものも見当たらず、木々の間から降り注ぐ星明りだけが頼りの有様だ。
 だが、さっきの化け物の類にミオが襲われていたらと思うと、朋也は気が気でならなかった。
 古代の祭壇ともSFに出てくる転送装置ともつかぬこの舞台は、3人が放り出されて以来うんともすんともいわない。カビの怪物ではなくこの仕掛けを作った存在が出迎えにやってくる気配も一向にない。用があったのは誘拐したイヌやネコたちで、後から勝手に飛び込んだ朋也たち3人は招かれざる客ということか。
 だとしたら、この場にじっと留まっていてもおそらく事態は進展しないし、危険な点も変わりあるまい。どうせ捜索するなら、わずかでも残照があるうちにとりかかった方がよくないか?
「ともかく、ミオを捜さなきゃ」
「こんな真っ暗の中を?」
 躊躇する千里に向かって、朋也は焦れったげに言い返す。
「しょうがないだろ。ここにじっとしていたって始まらないよ! 例の化け物が出てくるようなら、その強化スタンガンだってあるじゃないか。ミオは丸腰なんだぞ!?」
 千里は折れて降参の印に両手を挙げた。
「はいはい、わかったわよ。あんたにとっちゃミオちゃんが何より大事だもんね。お供いたしますとも。ただ、私にとってはジュディが一番だってことは忘れないでちょうだいね。さあ、とっととミオちゃんを探し出して、こんな薄気味悪い場所からオサラバしましょ! 帰る方法がわかったら、だけど……」
 最後の方は自信なげだったが。
 もう一度台座を振り返ってから、目の前に続いている道に目を戻す。道は舗装されてはおらず、かといって獣道というわけでもなかった。道の上には穴もでこぼこも石も見当たらないが、見た目にはきれいに均された土に見える。なぜか草や木の根も路上に進出するのを避けているように思えた。たぶん、この奇妙な仕掛けを作った者たちが利用している道なのだろう。
 3人が森の中へ続いているその道へ一歩を踏み出したまさにその時だった。


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