「おもしろいの?」
マーヤがブスッとして続ける。
「……。何が言いたいのかよくわかんないけどぉ~……まあ、クレメインの樹の精はあたしに比べるとおっとり派かもねぇ~。今の代はフィルって名前で、気のいい子だよぉ~」
彼女が〝いい子〟というからには、妖精よりもっとちっちゃなサイズなんだろうか?
「代? っていうと、いま1人しかいないの?」
「そう、森ごとに1人ずつみたいよぉ~。私たち妖精族とは仕事の性格もだいぶ違うしぃ~。そもそも彼女たちは、他の妖精や動物の民との交渉役として、樹々の中の1本が選ばれ、人の似姿をとるんだって聞いてるわよぉ~?」
「ふぅん……つまり、樹の化身ってわけね」
そう言うとなんかレイン○ーマンみたいだなぁ。気のいいおっとり派の樹の化身ってどんなだ?
「よし、ともかく会いに行ってみようか。ひょっとしたら、彼女がミオのことを何か知っているかもしれないし」
「神木の立っている森の中心はゲートに近いところにあるから、なんとか迷わないで行けると思うわぁー。確か2つ前の分かれ道を左に折れてそのままずっと進むんだったかなぁ~?」
マーヤに従い、一行は回れ右してこの森の中心部に向かった。目的地を知っているのはマーヤだけなので、彼女が道を間違えないでくれるのを願うしかない。
しばらく進むと、 次第に年代を経た立派な樹が多くなっていく。ニンゲンが伐りだして巨木が育つ暇もないモノスフィアの森と違い、ここでは自然な遷移に任されており巨木がありふれたものとなっている。エデンでも木材を使わないわけではないが、建材は生分解性プラスチックが中心だという。クレメインの森はもちろん伐採禁止だ。
森が深くなるにつれ、霧も一段と濃さを増して、まるで乳の海の中を泳いでるみたいだ。モンスターのほうは逆に姿を潜めるようになった。これも神木の力なのかな?
不意に目の前が開けた。巨木の密集する森のその一角だけ、ぽっかりと木々の生えていない空間が出来上がっている。そして……霧が晴れた。
朋也も千里も息を呑む。広い空間の中心に、大きな樹が1本。樹径は10メートルを越えるだろうか。セコイアや縄文杉も顔負けだ。幹もさることながら、四方八方に伸びる枝の数と長さと来たら……! 1本の木だけで1つの森と呼んでもいいくらいだ。枝葉は広場の天井をすっぽり覆い、取り巻く森の木々の枝と絡み合っている。一番高いところはぼんやりと霞んでいた。頂まで100メートル近くあるかもしれない。
モノスフィアのいちばん奥深い熱帯林にもこんな巨木は育っていないだろう。マーヤが言うには、エデンが2つに割れたとき、このクレメインの森だけは暴走したルビーのアニムスの力に採り込まれず、メタスフィア側にのみ残ったらしい。もし、これだけの森、これだけの巨木があったなら、ニンゲンの森に対する節度も今とは違ったものになってたかもしれないな──と朋也は思った。
4人はゆっくり神木のそばに歩いていった。4、5メートルの距離まで近づいて、あらためてその巨大な幹を仰ぎ見る。樹のてっぺんまで見上げようとすると首が痛くなりそうだ。さっきまでの濃霧が嘘のように、柔らかな木漏れ日が降り注いでいる。霧が晴れてるのは、この神木の周りだけなんだろうか?
「フィィルゥゥーーッ! いるぅ~!? あたしよぉー、妖精族のマーヤよぉ~♪」
マーヤが樹の精を呼び出そうと、両手を口に当てて大声を張り上げた。なんか近所の子を遊びに誘いに来たみたいだ……。神木の御前でそんな大声で呼びたてたりなんかして大丈夫なのかなあ?
「あれぇ~? 留守なのかしらぁー? どこかお仕事に出かけちゃってるのかなぁー?」
マーヤが首をかしげてそう口にしたとき、不意にサラサラという無数の葉が擦れるような音が鳴ったかと思うと、神木の正面に淡いグリーンの光の粒子が集まってきて人の姿をとり始めた。光が消えてみると、そこに穏やかな表情をした1人の女性が立っていた。濃い緑に染まった長い髪(光合成ができそうだ)、透き通るような白い肌もかすかに緑色を帯びているようだ。飾り気のないローブを長身に纏い、やっぱり地味な胡桃のネックレスを付けている。彼女がクレメインの樹の精、フィルだった。
彼女はゆっくりと目を開けると、訪問者に向かって尋ねた。
「私のことをお呼びになりましたでしょうか?」
胸に手を当てて一息吐いてから千里が口を開く。
「びっくりしたぁ! いきなり現れるんだもの……」
それから朋也の方を振り返り、口がへの字になる。
「ちょっと朋也、あんた何ボケッと見惚れてんのよ!?」
ぼおっとしていた朋也は、千里に肘で小突かれあわてて答えた。
「えっ? いや、その……あんまり──」