せっかくの清清しい気分に水を差すように、千里とマーヤがからかう。
「それにしても朋也、〝行き〟はすごかったね……」
「移籍の話は聞かなかったことにしてねぇ~」
……。無視して質問する。
「アリたちはどうした?」
千里は足元を指した。よく見ると、亡骸がたくさん転がっていた。体長一センチもない普通のアリだ。マーヤの言うとおり、モンスターに宿主として利用されていたのだろう。
「今のあんたを見ててさ、私思ったんだ。ネコみたいだなあって」
千里が話を戻す。もう忘れたいからやめて欲しいのに……と思いつつ、彼も、あれ? と首をひねった。確かにそうだ。高いところに登るのは得意だが、下りは苦手といえば──
「!? 朋也ぁ、ちょっとじっとしててぇ~」
マーヤが思い出したように手を打った。コンパクトをかざして彼の姿を映し、じっとのぞき込む。
「あぁ~っ!? やっぱりぃーっ!!」
「どうしたの?」
千里も一緒になって小さな手鏡をのぞく。すると、鏡に映った朋也の周りに、うっすらと紫色の光がゆらめいていた。
「このコンパクトはねぇ、種族のオーラも映せるんだよぉー」
動物の種族がそれぞれ固有の守護神獣の加護を受けているのは以前マーヤが説明したが、同時に固有の守護石もあり、使える魔法も大抵守護石に準じている。種族のオーラは守護石の鉱物の色をしているという(つまり、モノスフィアにある(?)オーラとは別物らしい)。例えば、ジュディたちイヌ族はトパーズの黄色、マーヤたち妖精族はガーネットで五色の混じった琥珀色、そして──ネコ族はアメジストの紫色。
「アッハハハ! あんたネコ好きが昂じて本当にネコになっちゃったみたいね」
千里が手を叩いておかしがる。そう、朋也が木登り(の登りだけ)が急に得意になったのは、彼がネコ族の守護神の加護を受け、彼らと同じスキルを身に付けるようになった所為だったのだ。
そんなに変か? 朋也自身としては、ネコ族の神様に認知してもらえたのなら悪い気分はしない。
「ねえねえ、私も見てくれる?」
千里は今度はジュディと一緒にマーヤの隣に並んだ。が、鏡に映った千里のオーラは、ジュディと同じ黄色ではなく、暗い血の色のような暗赤色だった。期待に輝いていた目に失望の色が浮かぶ。
「これは?」
「うぅ~ん……あたしも見たことないんだけどぉ、たぶんヒト族のブラッドストーンねぇ~」
マーヤの返事を聞くと、千里は渋面を作って怒りだした。
「どーして朋也がネコ族なのに私はイヌ族じゃないのよっ!? こんなのおかしいわっ! 陰謀だわ! ペテンだわ! 私は絶対認めませんからねっ! 朋也ッ! あんた何か小細工したでしょっ!?」
いや、小細工と言われましても……。それから千里は子供のように泣き出してしまった。まあ、確かに朋也も、千里がイヌ族のオーラなのに自分がニンゲンのままだったら、ショックを受けて悔しがったかもしれないが。
「ええ~ん、ニンゲンの色なんていやっ! 私もイヌ族の黄色がいいよ~。せめて紫の方がいい~」
朋也もマーヤも慰めようにも言葉が見つからない。そもそも理不尽な理由だし。
「ねえねえ~、千里ぉ。オーラの色は親密度とかそういうのとは別に関係ないし、気にしない方がいいよぉ? 朋也がネコ族と同じ色なのは謎だけどぉ……。(注1)大体、彼なんてミオちゃんに愛想尽かされて逃げられちゃったじゃなぁーい?」
だから、それはまだ確定じゃないって言ってるだろ?
「それもそうね♪」
そこで開き直るなよ……。
と、ジュディが千里の膝に乗ってきて彼女の顔をしきりになめ始めた。
「やだ、くすぐったいよ、ジュディったら」
泣いたカラスがもう笑ってる。エデンに来てからのジュディの行動は、本当に言葉がわかってるみたいだ。千里の機嫌を治す役は彼女に任せるに限るな。
「私もジュディと同じご飯食べてたらイヌ族のオーラに変わるかなあ? ねえ、あんたいつもネコ缶食べてたの?」
「なわけないだろ」
今までの4人のやりとりを見て、騒々しい連中だなときっとあきれ返ってるんじゃないかと、朋也はちらっとフィルの方を見やった。彼女は遠慮がちに少し離れて客人の様子を観察していたが、朋也と目が合うとにっこり微笑んだ。
「あなた方の種族の行いについてはいろいろ私も耳にしていますが、それらの噂に出てくるニンゲンとは、朋也さんと千里さんは明らかに違いますね。ヒト族とイヌ族と妖精族がこんなに仲睦まじくしているところを目にするなんて思いませんでしたわ」
「そうなのよぉー♪ この子たちはニンゲンっと言っても選ばれた……じゃない~、えっとぉ~、ともかく、エデンに迷い込むようなおっちょこちょいさんだからぁ~」
なぜかマーヤはあわてて言い直した。それにしても、マーヤはときどき朋也たちもジュディも、フィルに対してまで〝この子〟という呼び方をする。いちばん小さいのは彼女なのに、と不思議がる朋也だった。
「そうだ、フィル。ひとつ知ってたら教えて欲しいんだけど、この森を通り抜けたネコ族の中に赤茶のメスネコはいなかったかな?」
「ごめんなさい、そこまでは……。ゲートを通じて収容される難民に関しては神獣の管轄事項ですから、基本的に妖精族の皆さんにお任せしていますので」
彼女は申し訳なさそうに答えた。
「そうはいってもぉ、フィルはときどきあたしたちの手伝いをしてくれてるのよねぇ~♪」
「怪我や病気の重い者は街の施設に移動する前にしばらく森の中で静養していきますから、その過程でご援助差し上げるのはメッセンジャーの任務の範囲内と考えています。私にとっては勉強の一環ですし。ただ、朋也さんのおっしゃる容貌のネコ族の方は、少なくともここ数回の送還でクレメインの森に長期間とどまった要療養者の中にはいませんでしたよ」
「そっか……。じゃあ、少なくともミオはエデンに来てから元気にしてる可能性が高いんだな」
「よかったわね、朋也」
千里は素直にミオの無事を喜んでくれた。ジュディも嬉しそうだ。
「ああ、それがわかっただけでも安心したよ。ありがとう、フィル!」
「いえ。この程度の情報でもお役に立てたのなら幸いですわ」
それから、フィルは神木の前に静々と進むと、ゆっくり両手を天に掲げた。何をやろうとしてるんだろう? いぶかる朋也たちの前で、彼女の緑色の髪の毛がふわりと風に舞うように広がった。すると、周囲の森を覆っていた霧がたちまちのうちに退いていった。
「すごいや!」
魔法の存在する世界といっても、こうして気象まで操作するさまを目の当たりにすると、朋也も感嘆の念を禁じえなかった。本来の力を取り戻した樹の精にとって、これくらい朝飯前なのだろう。
「さあ、これで一帯を覆う霧は解消しました。道に迷うことはもうないでしょう」
「ありがとう、フィルゥー! 助かったわぁ~」
「本当、私たちからもお礼を言うわ。ありがとう!」
「ワン♪」
「いえいえ、皆さんにお借りしたご助力に比べれば、まだ返礼として十分とはいえません。森の中にはモンスターが徘徊していますし、せめて森の出口まで私もお供させていただきますわ」
「ええ、いいのぉ? 忙しいのに悪いわねぇ~♪」
マーヤが勝手に話を決めてしまう。本当にいいのかな? まあ、朋也たちとしても大助かりだけど。
「さあ、だいぶ時間とっちゃったけどぉ、急げばまだ日が暮れるまでには出られるよぉー。ほいじゃあ、もう一回出発ぅっ!」
こうしてクレメインの樹の精フィルを加えた一行は、再び森の外を目指すことになった。(注2)
(注1):実は好感度による。この時点でネコ、ヒト、イヌ、虫、木のいずれかになり、シナリオも多少変わる(上はネコの場合)。
(注2):ゲーム中では、フィルの加入によりパーティーメンバーが規定の4人を越えるため、これ以降戦闘から外す荷物持ち役を朋也が指名することになる(外された女の子は好感度が下がる‥)。