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 吊り橋の向こうは曲がり角になっていて、相手の姿はまだ見えない。エデンの住民だろうか? なんでジュディは警戒してんだろ?
 声の主はこちらに近づいてきているらしく、話し声は次第に聞き取れる大きさになってきた。聞こえてきたのは独り言で、先方はどうやら1人らしい。
「──まったくボスは人使いが荒いよなぁ。こんなクレメインくんだりまで人を寄越すんだからよぉ。大体、ここに来たらつい嫌なことを思い出しちまうじゃねえか……。ブブのやつもジョーのやつも、代わりを頼んでも腹が痛えとか抜かして断りやがる。あいつら、俺に比べりゃ大分マシだったくせに。あ~あ、俺の気持ちをわかってくれるのは兄貴だけだぜェ」
 独白の内容はちんぷんかんぷんだが、とりあえず相手が男であることはわかった。種族の方はまだ判別できないが、朋也はなんとなく、この声の主はイヌ族のような気がした。
「それにしても、本当にニンゲンの連中がエデンに来てるのかな? いくら確かな情報筋からだって言ったって──むっ!?」
 ついに相手の姿が目に入る。朋也の予想は当たっていた。イヌ族のオス、いや、男性だ。本当に2本足で直立して歩いている。背丈は朋也とほぼ変わらない。服装は、モノスフィアのニンゲンが着用してるものと変わらない、ズボン吊りの付いたズボンを履いている。一方、上半身は毛皮に覆われているものの裸だった。顔つきはイヌそのもので、ほとんど精巧にできた着ぐるみという感じだ。
 う~む……ミオもあんな感じなのかな? だったら、割とすぐ見分けはつきそうだ。ちょっとホッとしたような、がっかりしたような……。
 あと奇妙なことに、そいつは額にやたら大きなバンソーコらしきものを貼っていた。さすがに3つ目だったりはしないだろうが。
「ビーグルだね」
 斑紋や耳、顔型などの特徴から判断して、千里が耳打ちする。初めて目にする成熟形態のイヌ族に、彼女も少し興奮気味だ。
「クンクン……臭う、臭うぞ!? この臭いは間違いない、連中だ! やつらが来てるんだ……ゲートを潜って、このエデンに! けっ、やっぱりボスの言うとおりだったな。だが……変だな? やつらの臭いに混じって──」
 鼻を上に突き出して周囲の空気の臭いを集めるように嗅ぎまわる。その仕草は前駆形態のときとほとんど変わらない。成熟形態になっても視力はたいして上がってないのか、単に嗅覚に神経を集中している所為なのか、すぐ見える場所にいるのにまだこちらに気づかないようだ。声をかけた方がいいんだろうか? 話しぶりやジュディの様子から判断すると、あまり友好的な邂逅にはなりそうもない気がするが。といって、こんなところじゃ引き返して身を隠すこともできないし……。
 朋也たちが戸惑いつつも橋の上でじっと留まっていると、彼はそのまま道伝いに鼻をクンクン鳴らしながら進み、吊り橋の正面まで来たところでやっとこちらを向いた。
 気づいた。朋也もジュディにならい、緊張して身構える。続いてそいつの口から飛び出した台詞は、彼らの予想だにしないものだった。
「カ、カワイイ♥♥♥」
「はあ?」
 一同、目が点になる。そいつは目がハートになってるけど。
「おお! なんて可憐で美しいお嬢さん! 君はまるで谷間に咲く一輪のユリのようだ♥ いや、草原に咲く一叢のオオイヌノフグリというべきか」
 イヌ族の間では慣用句なんだろうか? 誉め言葉になってない気がするけど……。ともかく、そいつの目はジュディに釘付けになっていた。
「こーゆーのが成熟形態なの?」
 マーヤに尋ねると、彼女は首を振って否定した。
「うぅ~ん、ちょっと特別だと思うわぁ~~」
 そいつは吊り橋の上をこちらに向かって一歩踏み出した。
「おお、マイハニー! かわいそうに、そのニンゲンどもに囚われてるんだね!? 待ってな、いますぐこの俺サマが援け出してやるからよ。そ、その後で……ゆっくりしっぽり愛を語ろうぜ~♥」
「(T_T)」
 先頭に立って警戒態勢をとっていたジュディが、尻尾を丸めて朋也の背中に隠れる。苦手なタイプのようだ。だろうな……。それにしても、ジュディがこんなに逃げ腰になっているところを見るのは初めてだった。


*選択肢    ジュディに触れるな!    ジュディがカワイイだって?    千里、任せた

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