千里を目の前でさらわれたうえに自分も大怪我をさせられたジュディの神経を逆撫でするべきじゃないし、売り言葉に買い言葉になるということもわかっている。でも、朋也は自分に嘘は吐けなかった。
「ミオに決まってるだろ……」
ジュディは目を剥いて、今にも殴りかからんばかりだった。一瞬言葉も出なかったようだ。
「お前なんか……お前なんか、大ッ嫌いだっ!!!」
それきり後ろを向いて、朋也が視界に入ることさえ我慢ならないという様子だ。
朋也は努めて穏やかな声で、諭すように彼女の背中に話しかけた。
「なあ、ジュディ。お前にとっては千里が一番だ。ミオなんかよりずっと大事だ。わかってる。文句を言うつもりはない。でも、俺にとっては、お前が千里を大事に思うのと同じくらい、ミオが一番大切なんだ。わかってくれ。もちろん、千里だって大事だ。お前と千里が二番目に大事だって言ってもいい。彼女を見捨てるつもりなんてないよ。ミオももちろん捜さなきゃいけないが、今は千里の方が危険な状態だから、彼女の捜索を優先する。だから、な? 機嫌治してくれよ? 彼女を取り戻すためには、みんなで協力しなくちゃならない。お前の力だって必要なんだ。頼む」
ジュディはゆっくり朋也のほうを向き直った。
「ちっ、わかったよ……」
目は朋也のことをすっかり赦したというわけではないが、しぶしぶ彼の言うことに同意する。物分かりのいい子だ。千里の教育がよかったってことなんだろうな、と朋也は思った。
ハラハラしながら成り行きを見守っていたマーヤが、ほっと胸をなで下ろしてジュディの肩をポンとたたく。
「さあ、じゃあもう少しの時間我慢してリハビリに専念しなくっちゃぁー♪」
「急いでくれよ、マーヤ!」
「頑張るけどぉ、あなたが早く治ろうっていう気持ちを起こさなくちゃ駄目よぉー?」
「わ、わかってるよ!」
マーヤとフィルは再び彼女の治療に取りかかった。朋也はマーヤに命じられて、急な大量消費で不足した魔法用の鉱石集めを担当することになった。エデンにはモノスフィアほど鉱工業が発達してないことも手伝って鉱物が豊富にあり、特に今いるような崖の壁面をなす露頭からは比較的簡単に各種の鉱石が手に入る。ついでにいえば、なぜかモンスターもときどき落とすことがあるため、モンスター退治でも鉱石収集の代替手段にはなる。どれが有用な鉱物なのか朋也には判断がつかなかったけど、マーヤにレクチャーしてもらう余裕もないため、適当に拾い集めて後で選別してもらうことにした。結局、彼が持って帰った鉱石のうち使えるものは3分の1もなかったが。
小1時間ほど2人の施術師の集中治療を受け、ジュディは少しくらい走っても痛まないほどに回復した。
「2人ともありがとう! だいぶ身体が楽になったよ」
「どういたしましてぇ♪」
「さて、早いとこあの胸くそ悪いビーグル野郎からご主人サマを取り戻さなきゃ!」
「実は──」
ここでフィルが仲間に向かって切りだす。
「この間に森のネットワークを通じて、千里さんの所在を解析してみたのですが……」
「へえ、すごいや!」
森のネットワークだって? モノスフィアであれば、あちこちに設置されたセンサーやカメラがインターネットとかでつながれてるってイメージを思い描くところだが。
説明を求めた朋也にフィルが答えるには、森の木々のネットワークとは、情報を化学的に伝達するものなのだそうだ。具体的には、各種の植物が状況に応じて大気中や土中に放出する化学物質を介したネットワークだという。気象や土壌、草木の健康状態、動物の分布など(モンスターは残念ながらひっかからない)多くの情報を網羅的に把握でき、森の精の出動には欠かせない情報源とのこと。欠点は情報の収集にある程度時間がかかること。それに、確率的にしか表せないこと。
千里の居場所もピンポイントで1ヵ所に特定することは難しいという。それでも、あてもなく千里の行方を捜し求めることを考えたら、はるかにマシだ。
「千里さんとイヌ族はおそらく、このまま北へ進んで森を抜けたのではないかと推察されます」
「だとするとぉ、たぶんビスタの街へ行ったんでしょうねぇー」
「マーヤが俺たちを連れてってくれる予定だったとこか。よし、じゃあ決まりだな! ビスタへ急ごう!」
一同うなずく。
「そうだ、ジュディ。これ、お前に渡しておくよ」
彼女に向かってさっき入手した千里のペンダントを放り投げる。ジュディはそれを受け取ると、そっと鼻に近づけ目を伏せた。
「ご主人サマの匂いだ……」
慈しむように頬擦りし縁をなぞると、そっと懐にしまう。
「ありがとう、朋也」
そして、毅然とした表情で北に目を向けた。
「ご主人サマ、待ってて。いますぐ助けに行くからね!!」