プレミアムが付くらしいフィルの笑顔は、それでも口元に手をあてて目を細める控えめなものだったが、朋也の目にはごく自然に映った。マーヤみたいにオーバーな表現こそしないが、これまでの彼女のちょっとした仕草や表情だって十分自然だったと思うし。フィルがもともとは森の木々の1本だなんて信じられない。
「どうして? すごく自然だし……それに、笑ってるフィルもかわいいと思うけどな」
朋也の台詞を聞いて、フィルは戸惑った表情を浮かべた。淡い緑を帯びた透き通るように白い頬にほんのり朱が差したようだ。〝かわいい〟と言われたことなんて、彼女が樹の精を務めて以来一度もなかったんだろう。
「やれやれだニャ」
ミャウが呆れたように肩をすくめる。
「私もメッセンジャーの務めとして、動物のコミュニケーションの仕方を勉強してはいるのですが、やっぱり難しいですわ。とても皆さんのようにはいかなくて……。でも、動物たちが感情を伝える、あるときはストレートだったり、あるときは微妙なニュアンスを含んでいたりする、そのときどきの豊かな表情を見るのが、私は好きなんです……」
状況説明ではないフィル自身の〝気持ち〟に関してこれだけ長い台詞を聞いたのは初めてだ。動物の心理を勉強しているというだけあって、それを誉めてもらったのが彼女にとってはよほど嬉しかったようだ。
そうか、彼女は動物の社会を熱心に研究してる勉強家で、そのうえ自分でも感情表現を身につけようと常日頃腐心してる努力家で、動物に対する好奇心と好意はほんとに人一倍なんだな……。たぶん、樹の精にしては珍しいタイプに違いない。それとも、それが理由で樹の精に選ばれたのかな?
「微妙な表現ねぇ……。イヌにゃんて、尻尾ブンブン振り回すだけでニュアンスも何もあったもんじゃニャイけどニャ~」
「うるっさいなあ! 振れちゃうもんは仕方ないだろ!」
そう言いつつ、尻尾をブンブン振り回しているジュディを見て、フィルがもう一度クスリと笑った。
「ほら、やっぱりかわいいよねぇ?」
朋也が皆に同意を求める。
「うぅ~ん、なぁんか下心が見え隠れする気もするけどぉ~、ここは素直に朋也に一票入れましょぉー♪」
「ありがとう……」
そう言ってフィルが見せた微笑みは、彼女の貴重な笑顔の中でも極上品だな──と朋也は思った。
「それでは皆さん、道中くれぐれもお気をつけて。千里さんが無事に救出されることを祈っておりますわ。それから、朋也さん、これをお持ちください」
彼女は朋也に木製のフルートを手渡した。
「これは?」
「神木の枝から作られた特別製のフルートですわ。森の中でその神樹のフルートを吹けば、その森に所属する樹の妖精を喚び出すことができます。どうぞ危急の際にお使いください」
「ありがとう。また会えるといいな♪」
ヒト族としての精一杯の笑顔で彼女に別れを告げる。
「ええ。では、ご機嫌よう!」
フィルはきらめく木洩れ日のような緑の光に包まれ姿を消した。一緒にここまで歩いてきてくれたけど、ほんとは木の生えてるところなら瞬間移動できるんだよな、彼女は。便利でいいなあ。もっとも、そのためには多量のエネルギーを必要とするに違いないけど。
フィルと別れて森の反対側に目を向ける。ところどころなだらかな丘はあるが、ずっと丈高い葦色の草がなびく平原が続いている。森から原野を走る1本の道の行く先を目でたどっていくと、同様の街道が放射状に集まる大きな集落につながっていた。そこが、千里が囚われていると思われるビスタの街だった。
朋也たち一行が街道に一歩踏み出したまさにそのときだった。
不意に、草原の一角が奇妙なレンズでも通して見ているかのように歪み始める。いや、歪んでいるのは自分たちの目前の空中らしい。
朋也は瞬いて目を凝らした。歪みは次第に大きくなり、ついには直径2メートルくらいにまで膨らんだ。そして、ぽっかり開いた空間の裂け目から、いきなり毛むくじゃらの足がぬっと差し出された──