街の入口にあたる門を通り抜けようとしたとき、守衛所で舟を漕いでいたリス族がちらっと顔を上げた。彼は明らかに朋也のほうを胡散臭そうな目でジロジロと見たが、再び居眠りに戻ってしまった。マーヤがホッと胸をなで下ろして言う。
「セーフだったねぇ~」
「あの手の連中はもともとあたいたちのこと嫌ってるからね」
朋也は改めて街の中を見渡した。ビスタの街はこれといったランドマークもなく、道も家の並びも実に雑然としていた。往来は様々な種族でごった返している。どうやら今日は市の立つ日らしい。
「うわあ、すごいや! いろんな種族でいっぱいだね」
ジュディも初めて訪れるエデンの町並みに目を見張っている。
「ちょっとそこのネコのお兄さん! ネコじゃらし3点セットどうだい? ストレス解消、美容にストレッチと効果のほうも3点セットだ! 今なら安くしとくよ♪」
「あ、いや……間に合ってるよ」
朋也に声をかけてきたのは路上で店を広げていたハムスター族だった。なんでネズミがネコ用のアイテムなんて売ってんだろ? ちなみに、エデンでは最低限の基礎食糧と生活必需品、公共サービスは妖精によって住民に支給されているが、それ以外は自由経済に任されている。通貨は労働の対価として支払われる各種の鉱石で、直接財やサービスを購入するのに使われる。どんなサービスでも料金は時間当たりでほとんど差がないし、銀行や株式市場にあたるものも存在しない。
露店の並ぶ大通りを半ばまで過ぎたところで、ミャウが立ち止まって振り返った。
「さあ、見物はほどほどにして情報収集にかかるわよ。ここからは二手に別れましょ。バカイヌとおチビさんは右に行って。あたいたちは左に行くから」
「オッケェ~。さあ、ジュディ、行きましょぉー♪」
「あ、待ってよ、マーヤ!」
マーヤはやっぱり人だかりのする場所のほうが好きなようだ。情報収集がただの観光案内にならなきゃいいけど……。ジュディを引っ張って店から店へフラフラと渡り歩いて(飛んで)いるマーヤを見てると、なんだか心配になってくる。
2人の後ろ姿を朋也が見送っていると、ミャウが隣に来て腕を組んだ。
「お、おい……」
「こうするのがいちばん怪しまれずにすむわ。ほら、もっと堂々としニャさいよ」
素性を偽っている所為もあり、つい周囲の目が気になって前かがみになってしまっていた。猫背のほうがそれらしいのかもしれないけど。
彼がネコ族に変装したのは案外正解だったかもしれない。道すがら、何度も同族にすれ違ったが、他人のことに構わないマイペースな彼らは、朋也のほうを胡散臭い奴といった目でちらっと見るものの、みなそのまま通り過ぎていった。
しかも、男性の視線は明らかにミャウに吸い寄せられており、朋也は単なるオマケにすぎなかった……。してみると、ネコ族の審美眼に照らしてもミャウは美人なんだろう。女性から見た場合の基準はどうなんだろうか? ミャウは俺のことどう見てるのかな?
朋也はちらっと彼女の横顔を見やった。自分とアベックを装っても全然嫌そうな素振りを見せないところを見ると、悪くは思ってないに違いない。いや……種族が違うんだから、そもそも異性として意識されてないのかも。
そういえば、ミオはどうしてるかな……? 彼女もこの街にいる可能性が高いんじゃないだろうか? 他のネコ族の女の子と腕を組んでいるところを見たら怒るかなぁ?
もし、今隣にいるのがミャウじゃなくてミオだったとしたら──と想像してみる。う~む……年頃の娘と連れ立って歩く父親のような複雑な心境だ。
「何ボケッとしてるの? そこに入るわよ」
ミャウが指差したのは路地裏の酒場だった。エデンにもアルコールはあるのか。まあ、それほど不思議じゃないけど。情報収集といえば酒場が基本なのだろうが、実のところ朋也はモノスフィアでもこの類の店に入ったことなどなかった。大人への登竜門をあえてくぐろうとする悪友もいないし。
少しドキドキしながらミャウの後に続く。店は半地下になっており、路地から階段を降りて西部劇に出てくるような両開きのスイングドアをくぐる。
「いらっしゃい」
バーテンがグラスを拭きながら声をかける。眼鏡をかけた年配のアライグマ族だ。
中は薄暗く、静かなBGMが流れている。朋也は店内を見回して様子をうかがった。
ウェイトレスの女の子が1人でバタバタと注文をとりながら駆け回っている。あの格好はどう見てもバニーガールにしか見えないが、耳も尻尾も自前のもの、つまりウサギ族の女性なのだろう。服装くらいどうにかならないもんか? 胸にはくすんだ青色の鉱石をはめたブローチ。そばかすの浮いたその子の顔は朋也より若いくらいに見える。
日はまだ高かったが、店内には十数名の客がいた。客の中でも目についたのは2組。
まず、みな数人で世間話に花を咲かせている中、カウンターの真ん中に他の客と離れて1人で座り、物静かにグラスを傾けている鳥族の女性。黒衣に身を包んで押し黙ったまま目を伏せている彼女は、まるで葬式の参列者みたいで、他人を寄せ付けない雰囲気を漂わせていた。成熟形態の鳥族は背中の羽とは別に両の腕を持っている。マーヤに聞くところでは、鳥族もエデンにはたくさん住んでいるが、南の大陸のほうが人口が多いらしい。種族ははっきりとは判らなかったが、羽と髪の色が黒一色だからたぶんカラス族だろう。黒い羽か……朋也はクレメインの森の出口で感じた視線を思い起こした。
それからもう1組は、部屋の隅でひそひそと小声で話している3人のイヌ族。シェトランドとスピッツ、もう1人は柴系の雑種のようだ。ともかく、モノスフィアからの移民には違いない。彼らのほうはときどき辺りを盗み見るように警戒しており、いかにもわけありげだった。
ミャウは朋也に目で合図すると、壁際の奥から3番目のテーブルに着いた。イヌの一団にあまり近すぎず、さりとて会話の内容も聞き取れるポジションだ。
ウェイトレスが注文をとりにきた。朋也の顔をちらっとうかがって尋ねる。
「お客さん、歳はいくつ?」