「……」
しばらく沈黙の時間が流れる。
「どうした? 答えられないのか?」
この女性はきっと何もかもお見通しなのだろう。嘘を言って誤魔化そうとしても無駄だ──朋也はそう観念した。
「俺は……ニンゲンだよ」
マスターの持っていたグラスが床に落ち砕け散った。店内がどよめく。
「ニンゲンだって!?」
客たちは忌まわしい響きを持つかのように、その言葉を口々にささやいた。
ミャウが顔を引きつらせて朋也に非難の目を向ける。
「ちょっと朋也っ! あんた何寝惚けてんのよ!? アハハ、今のは気にしニャイでちょうだいね♪ この人、今日は疲れてんのよ……」
ミャウは朋也の腕を引っ張って連れ出そうとした。カラス族の彼女の脇を通りすぎようとしたとき、彼女に足を引っ掛けられて朋也は思いっきりすっ転んだ。
「きゃっ!」
ウェイトレスの子が目を覆う。
「あんたねぇ……何かあたいたちに恨みでもあるっての!?」
ミャウが朋也を起こしながらきっとにらみつけた。目つきはすっかり元に戻っている。ひょっとしてさっきまで酔ったふりをしてたのか?
「本人は誤魔化しても無駄だとわかってるようだぞ? どのみち、その耳を見れば一目瞭然だがな」
見下したような視線が突き刺さる。いつのまにか耳を隠していたウィッグがばっさり切られていた。店内のどよめきが一層大きくなる。いまや朋也に集まる視線の多くは怖れと蔑み、怒りの感情で満ちていた。
「何よ、やる気ニャの!? 鳥の足の分際で」
ミャウが素早く左手に爪を装着して身構える。だが、彼女もこの相手はいささか荷が重いと考えてか、どうやってこの場を切り抜けようかと必死に思考をめぐらせているのが朋也にも見て取れた。
「やめてよっ!!」
その場の緊迫した空気を破ったのは、女の子の声だった。ウェイトレスのウサギ族の子だ。
「あの……助けてもらっておいて何だけど、そのひとは何もしてないよっ!?」
彼女は少し怯えた表情を隠さなかったものの、それでも毅然として抗議した。
「何もしてない、だと?」
カラス族の女は、ウサギ族の少女にも容赦のない視線を投げつけた。
「この者はニンゲンだぞ? 紅玉のアニムスを奪い、フェニックスを殺害し、エデンを崩壊の危機に陥れた──いや、今もなお陥れようとしている種族だぞ? ついさっきお前を脅かしたイヌ族の輩も、ニンゲンどもに捻じ曲げられあのように身を貶めたのだぞ? それでも、お前はこの者が何もしていないというのか!?」
驚いたことにウサギ族の女の子は、彼女の威圧的な態度にも怖じずなおも食い下がった。
「確かに、エデンをメチャメチャにしたのはニンゲンだけど……でも、このひとじゃないよっ!」
カラス族の女は強情な若いウサギ族を前にして少々面食らったようだ。
「……では、この場にいる者で票決をとることにしようか」
そんな一方的な!? 居合わせたほかの客たちはさぞかし迷惑してるだろうなあ──と見回すと、何やらあちこちのテーブルで朋也をめぐる論争が起こっていた。結構野次馬なんだなあ、エデンの住人って。
「所詮ニンゲンはニンゲンさ」
「そうかあ? ひとの好さそうな兄ちゃんじゃないか」
「さっきのイヌたちよりゃよっぽど礼儀を弁えてると思うがな」
「俺は移住組なんだ。向こうでの連中の仕打ちは忘れねえ!」
「でも、あのひと半分はネコの臭いが混じってるよ?」
「きっとあのコと駈け落ちしてきたんじゃないか?」
「まあ、ロマンチックねえ♥」
話がなんか突拍子もない方向に向かっている……。しめたとばかりミャウが朋也にぴったり身を寄せ、ハンカチまで取り出して嘆いてみせる。
「ああ、朋也! せっかくここまで苦労してたどり着いたのに、ヘンニャ鳥の足に絡まれて、あたいたちってどうしてこんニャに不幸ニャのかしら? ヨヨヨ~(T_T)」
最後にカラス女に向かってちろっと舌を出すのを忘れない。当の彼女は苦々しげにこっちをにらんでいる。
「じゃあ、このひとが悪いひとだと思うひとーっ!」
ウェイトレスが挙手を呼びかける。ほとんどクイズ番組の司会者のノリだが。
手を挙げたのは全体の3分の1ほど。
「じゃあ、このひとは悪くないと思うひとーっ!」
残りの全員が棄権もせずに手を挙げる。朋也にとって意外なことに、賛成票を投じた中には同じ移民のネコ族までいた。どうやらミャウの演技もそれなりに貢献したようだ。それと、ウェイトレスの彼女も。後でお礼言わなきゃな。
カラス族の女は最後まで納得がいかないような顔をしていたが、もう一度朋也を鋭く見据えた。ま、まだやるつもりなのか?
「お前はどうなんだ?」
「え?」
「お前は自分自身に罪があると思っているのか? いないのか? 胸に手を当ててよく考えてみろ」
朋也は彼女に言われたとおりに胸に手を当ててみた。
「俺は……」