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 道の真ん中で起こった騒ぎに、ひとびとが何事かと振り返る。不意にブブが強烈な張り手を繰り出し、張り飛ばされた朋也は路肩に積まれた荷箱の山に突っ込んだ。まるで関取だな、こいつは……。
 崩れた箱の中から立ち上がりながら、相手の動きを見定めようとする。確かにバカ力はあるが、身のこなしは鈍くミャウとは比較にならなかった。今はちょっと油断したけど。
 時間を稼いで3人の到着を待ったほうがいいのかもしれないが、出来ればこのネコ族の相手は自分1人でしたいと朋也は思った。ブブの飼い主は彼のことを心配し、今頃あちこち捜し回っているかもしれない。ミオを捜しに出た自分のように……。こいつが自分の意志でエデンに来ることを選択したのなら、そのことを咎められはしないが、さっきの発言だけは訂正させてやりたかった。
 P.E.のおかげでだいぶなじんできた折りたたみ剣を装着し、わざと正面に回る。まずは、自分がネコ族として鍛錬をどれだけ怠っていたかわかってもらうか。敏捷さで他の種族、それもニンゲンに劣るとなれば、ネコ族の一員としてはかなりの屈辱のはずだ。
 ハスキーが剣を振りかぶる。が、振り下ろした先は連れの背中だった。
「どこ狙っとんねんっ!」
「あれれ、ごめんよ。敵はあっちだったね」
 天然なんだろうか? ともあれ、片割のイヌ族のことは気にしなくてよさそうだ。どうやら今の味方の一撃も、分厚い毛皮と脂肪のおかげでブブは蚊に刺されたほどにも感じていないとみえる。成熟形態の強靭な生命力も考えれば、多少手荒な真似をしても大丈夫だろう。
 思ったとおり、こちらが合わせてやっているのにブブはすぐに息が上がり始め、繰り出す爪もやたら大振りになってきた。
「おい、ブブとかいったな。お前、本当にネコ族のスキル持ってるのか?」
「じゃかあしわっ!! いてもうたろか、ワレ!」
 気を吐いたものの、そこまでが彼の限界だったらしい。爪を振り回すが朋也にはかすりもしない。上半身が前のめりになったところを見計らい、足を引っ掛けると、ブブはそのまま地面にのめり込むように転倒した。
 なかなか起き上がれずにいるブブの腕を取って助け起こしてやる。
「!?」
「なあ、ブブ。この世界で暮らす道を選んだ以上、どういう生き方をしようとそれはお前の勝手だよ。だけど……本気でお前の身体を気遣ってくれるやつはもういないんだから、せめて健康管理くらい自分できちんとしろよな……」
 ブブは地べたにうずくまるように座り込んだまま黙って朋也を見上げた。もう歯向かう気はないのだろう。そのまま毛皮(首回りの肉?)に首をうずめるようにがっくりとうなだれた。
「うう、兄ィ~……わいは情けない。せっかく兄ィに目ぇかけてもろたのに、何の役にも立てんばかりか、ニンゲンに説教されてしもうた」
「ねえ、もう終わり? 終わりなの?」
 緊張感のないやつがいるなあ。
「朋也!」
 振り向くと、ミャウ、ジュディ、マーヤの3人が駆けてくるところだった。
「何だよ、朋也! 戻ってくるまで動かないって言ったじゃんか!」
「悪い。まあでも、俺だけで何とかなったからな」
 実際、さっきの立ち回りをジュディに見せられたらすぐに納得してくれたろうけど。
 ジュディが早速訊問にかかる。
「おい、お前ら! ご主人サマは無事なのか!? 今どこにいるんだ!?」
「あのニンゲンの女かいな? 彼女やったら、兄ィがゲドから引き取ってすぐにユフラファに連れてったでぇ」
「ユフラファァ? 確か、ここから北方にあるウサギ族の村だったわよねぇー?」
 マーヤが首をかしげる。さっきのイヌ族たちも言及していたな。
「あんたたち、そこで何やってるの?」
「あそこがオルドロイに一番近いさかいな、ウサギの村人たちと交渉して中継基地にさせてもろとるんや。神殿の修復も手伝ってもろとる」
「神殿って……まさか神鳥様のオルドロイ神殿のことぉ!?」
「そや。ニンゲンが紅玉を奪って解放した際に大破したフェニックスの神殿や」
 マーヤが驚くのも無理はないだろう。それにしても、神獣や妖精にも無断で、ウサギたちまで動員してそんな一大事業を実行に移すなんて、大胆な連中だなあ。
「神殿の修復なんかしてどうするんだ? それが千里をさらったことと何か関係あるのか?」
「なんや紅玉のアニムスに関することらしいけど、それ以上のことはわいらは知らん。そもそもこの計画を立てて組織のメンバーを募ったんはボスなんや。せやけど、わいらも教えてもろとらんし、お前らやったらボスに会わせてもらうこともできへんやろな……。詳しいことを聞きたかったら兄ィに訊きや。兄ィはな、わいや、こいつや、ゲドみたいな落ちこぼれも見捨てずに面倒見てくれはったんや。だから、わいらはついてきたんや。ボスや他のイヌ族の連中は虫が好かんけどな」
「そうそう、兄貴のためならおいら何でもできるね♪ 何でもするね♪」
 ブブの話をまるで初耳のように朋也たちと一緒になって聞いていたジョーが、その部分だけ自分から発言した。2人はよほどその〝兄貴〟を慕っているんだろう。
「あのひとは話のわかるおひとや。捕まえたニンゲンをどうにかしたい思うとるんやったら、まず兄ィと話をつけたほうがええで」
「そのひとはネコ族かい? 名前は?」
「トラや。言うとくけど、あんひとと事を構えようなんて考えんこっちゃ。わいと違って身体鍛えてはるから、いくらイヌ族のスキルがあるいうても、おまはん程度じゃ赤子ひねるようにやられてまうで」
「トラ? もしかして、虎縞の大柄なネコかい?」
「そうや。もしかして知っちょるんか? ニンゲンのくせに、おまはんはほんに隅に置けんやっちゃなあ」
 トラ、か……。ミオとミャウの件もあるし、特徴と名前だけでは必ずしも同一猫物とは判断できないが……。ただ朋也のよく見知っているあの〝トラ〟なら、この2人に人望が厚いのもうなずけた。彼もエデンに来ている可能性が高いし。
「トラ……」
 低い声でつぶやいたミャウの表情は、まるで朋也と同じことを考えてるみたいだった。
「もしかして、君の知り合いにもいるの?」
「え? まあね。トラなんて、それこそどこにでも転がってる名前だけどニャ」
 朋也の質問に少し面食らったような顔をしたが、すぐ元のミャウに戻る。
「行くんか? 兄ィに会いに」
「もちろんさ! ご主人サマは返してもらわなくちゃ!」
「そうか……。わいは一緒についてってやれん。兄ィに顔向けできんさかい。わいとジョーがユフラファを出るときには神殿に向かうとこやったから、今は村にはおらんかもしれん。何にしてもいったんユフラファに寄って、ウサギ族に事情を話して誰か一緒に同伴してもらいや。せやないと、おまはんニンゲンやさかい、いくら兄ィがひとがええいうても、まともに話ができるかわからんからな。なんせ、あんひともニンゲンをひどく憎んどるさかい……。それも、わいと違ってもっともな理由からや」
 ニンゲンを憎んでる? まさか、あのトラが……。彼は少なくともネコが好きなニンゲンに対しては心を開いていたはずなのに……。朋也はトラが〝トラ〟違いであることを祈った。
「わかったよ。いろいろ教えてくれてありがとう」
 本当はトラの部下であるブブたちに同行してもらいたいところだったが、彼の気持ちを考えると無理強いはできなかった。きっとブブは、朋也の言葉を反芻して、彼のことを見捨てなかったニンゲンがいたことを思い返してくれたのだろう。この世界で彼が巡り会ったジョーやトラのように。
「……気ぃつけや」
「ああ。お前もグルメはほどほどにな」
 ブブは普段から細い目をさらに細めてニヤリとするとうなずいた。彼が初めて朋也に見せた笑顔だった。さっき買ったドラ焼きを1個、朋也に向かって放り投げる。どこか憎めないネコ族とイヌ族の2人組に手を振って別れを告げ、彼は他の3人とともにその場を離れた。
「朋也はやっぱりネコを手なずけるのは得意なのねぇ~」
 マーヤが冷やかす。
「別にそういうつもりじゃないけどな」
 ドラ焼きを頬張りながら答える。どんなネコであれ、やっぱりその境遇が気になってしまうのは彼の性分だった。
「ま、そこがこいつのいいとこだけどな♪」
 朋也に半分分けてもらったドラ焼きを同じく頬張りながら(ミャウとマーヤは辞退した)ジュディが彼の肩を持つ。
「ところで、マーヤはユフラファまでの道は知ってるのか?」
「えぇ~っとぉ……むかぁし行ったきりだから忘れちゃったぁー」
 昔っていつ頃の話だ?
「困ったな。どっかで地図でも手に入れば──」
 そのとき、後ろから女の子の呼び声が聞こえた。
「ねえねえ、お客さぁ~ん!!」



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